2026年4月9日(木)明言できることの外側に踏み出す
ある授業の初回がうまくいかなかった。多くの受講生が混乱しているように見えたし、寝てしまっている人も少なくなかった。数日間そのことについて考えていたが、その授業でやりたいことを振り返ってみると、それも当然なのかもしれないと感じた。
そこで教えようとしているのは、うまく言い表すことができないが、確かに感じられているものを明確化する方法である。すでに自身に明言できるものの外側に微弱に感じられるものがあると体感したことがなかったり、それを明らかにしたいという意志がなかったりした場合には、この授業は何をやりたいかわからないだろう。
言い換えれば、世間的なお題目を繰り返すのが大学だと考えていたり、定型的な言葉の応酬や内輪ネタでしかないようなコミュニケーションを楽しいと思ったり、自分や他人が本当に感じているものを真剣に捉えることに興味がなかったりするのであれば、この授業に対して興味は持ちにくいだろう。実際、ある種の「社会的」な振る舞いとして、そのような上っ面さが必要とされる場面が多い、というのも事実である。そういうものだけを求める人に対して私は語る言葉を持たない、と思う。そういう方は、どうにかしてこの授業を耐え抜いてください。
私は現在言葉にできるものの手前にあるものを考え抜くことが重要だと思っている。そのために長らく試行錯誤をしてきて、そのための方法がある程度形になってきたので、それを共有したい