日記

2026年4月15日(木)不安定さの自己目的化

授業で紹介するために、現代美術について以前書いた論文を読み直した。自分でも不安になるくらい、論理がかろうじて成立している文章だった(実際、ところどころ、つなぎがうまく行っていない部分があることにも気づいた)。学生に話したらまた怪訝な顔をされるだろう、と思った。

しかし、改めて考えてみると、常識的な考え方ではうまく掴めないものを書くのが人文学の文章であり、さらにアートはその表現によってのみ表すことのできるものを表そうとする試みなのだから、その不安定さは当然のものであるのかもしれない。

とはいえ、不安定さそれ自体を目的として強く立てすぎてしまうのも危険だろう、と思った。確かに人文学や美術の価値の一つには、常識的な語りでうまく言えないものを示すことがあるだろうが、危うさそのものを目的とするのは、単に曖昧な文章を許容することや、自己破壊的な所作への傾きになってしまう。