日記

2026年4月22日(水)苦しみから人々を救おうとするもの

散歩していると、寺の入り口に国宝を展示しているという旨の掲示が掲げられている。大報恩寺。「幾多の戦火を免れた洛中最古の本堂」。「本堂(国宝)は1227年(安貞1年)創建時のままで、京洛最古の古建築」。

受付の人に拝観料を払い、国宝や重要文化財に指定された仏像が並ぶ霊宝殿に入ると、中には誰もいなかった。そんなことってあるんだ。散歩して喫茶店に入るように国宝が見られる京都。

国宝に指定されているのは、まず、定慶作の六観音菩薩像。「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の「六道」に迷う衆生を救う6体の観音像。主に平安〜鎌倉時代に信仰され、京都・大報恩寺(千本釈迦堂)の定慶作(1224年)が、6体すべて揃う唯一の国宝として非常に有名」。同様に、地蔵菩薩像も国宝とされている。「定慶作の准胝観音像とよく似ており、とりわけ面貌表現は、耳のかたちを含めて酷似した特徴を持っています。また、この時代にはめずらしく一本造(いちぼくづくり)であることも六観音菩薩像と共通しており、両者がセットのものとして造られたと可能性が高いと考えられています。」

これまで私が仏像を見てきたのは博物館のように人が大勢いるところだった。端正な美術品だ、と思っていた。静かな場所で一人、仏像と向き合うと、それが苦しみから人々を救おうという願いのもとに作られた事物だということを感じる。