2026年7月13日(月)怪文書
怪文書を書いてしまった、ということと、怪文書が書けるようになった、ということを同時に思った。
怪文書を書いてしまった、というのは、常識的に読みやすく整った文章でないものが出来上がってしまった、ということの自覚。意味不明だとか文章が下手だとか思われるのは嫌だ。
怪文書が書けるようになった、と思ったのは、一般的にちゃんとした文章がどういうものであるのかを知りながらそれを踏み越えられるようになってきたということであり、定型を外れて不安定でありながらぎりぎり成立する形に文章をまとめられるようになってきたということであり、そうした蛮行を必然性として引き受けられるほど対象についての確信を得られるようになってきた、ということでもある。
これからもちゃんと怪文書を書いていきたいし、それがまったく怪文書ではないことを読み手に納得させられるようになりたい