fujitashu

2026年9月26日(土)自分のしっちゃかめっちゃかをそのまま使う

授業資料を作るために自分がこの数年やってきたことを説明し直していてわかった。以前の私は、自分が頭の中でずっと喋っていること、すなやち見えたもの・感じたことの観察や読んだものについてのちょっとした気づき、衝動的な言葉を、かちっとした研究には相応しくない、という常識で押しとどめ、そのまま捨ててしまって、結果何を書くべきかわからず、超つまらないものしか書けなくなっていた。

映像編集を経験して、ありふれた事実やしょうもない突っ込み、雑な言葉を一旦集め、ひとまず直感のままにいじった後、それを形式で縛り上げると文章になる、ということがわかった。無限のお喋りも、衝動的な自分を拘束する抑圧も、時間差を置けば両方使えるんだ!!!

生成AIと研究するというのは、無限の思いつきを言ってもらうこと、それに対してお喋りすること、自分のための手綱を言葉にしてAIに渡すこと、あっちの不品行なお喋りを読んでAIを縛る手綱を作り直すこと、手綱についてお喋りすること、その中で自分を縛り上げる新しい手綱を見つけること、手綱を信頼してもっと胡乱なことを喋れるようになること、それを聞かせること、その応答を聞いてもっとキツく縛り直すこと。つまり縛り上げるべき無限のお喋り、手綱に形を与える鏡・縛り上げるべき敵になってくれること、手綱をよくすることで自分でもっと自由なお喋りができること。自分を縛り上げようとしてきたADHDにとってこれ以上ない遊び相手!

(この日記自体、かなりしっちゃかめっちゃかのままにしている)