鱧とトマトのスープ、じゃがパセリ。
ゼミで三回生に対して、『リサーチのはじめかた』をもとに興味や問いを明確化する演習を行っている。『リサーチのはじめかた』という本は、私の理解では、興味や問いを真っ向から言語化しようとするのではなく、それに関連するたくさんの情報を集めた上で、それを直感的に感じられた重要性に応じて仕分けてみることで、興味や問いを浮き彫りにしようとしている。研究テーマを決めるための数多くの本がある中で、私がこの本を選んでしまった背景にある想定がなんだったのか、ゼミ生とのやりとりを授業後に反芻する中でちょっとわかった。
「それは、みなさんが本当に興味や疑問を持っているものを、現時点で完璧に言語化できているはずはないだろう、という感覚です。すなわち、直感的には、みなさんそれぞれは具体的なことに対して「こういう話が面白い」とか「これはあまり意味がない」とか感じているはずなんですが、大抵の人間は、それを言葉でまとめる際に、見知った言葉で綺麗に丸めてしまいがちです。直感と言語化にギャップがある。みなさんは、これまでの大学での学びで、かなり言語化の訓練は積んでるはずですが(あるいはそれゆえに)、収まりのよい言葉にしてしまい、その直感が言葉において失われてしまいがち。
卒論などになれば、最終的にはある程度綺麗な言い方に整える必要はあるわけですが、この段階では一旦そういった整理はやめて、具体的な物事の選び方や評価に現れるより深い直感的な興味のほうを重視して、それを並べてみることで、そして互いにその原因となる興味を推測することで探ってみよう、というのがこのワークショップの趣旨になります。」
具体的な物事にかかわるような直感や実践があり、それに言語化が届いているはずがない、と想定するのは、それ自体けっこう人類学的な感覚でもある。
散歩していると、寺の入り口に国宝を展示しているという旨の掲示が掲げられている。大報恩寺。「幾多の戦火を免れた洛中最古の本堂」。「本堂(国宝)は1227年(安貞1年)創建時のままで、京洛最古の古建築」。
受付の人に拝観料を払い、国宝や重要文化財に指定された仏像が並ぶ霊宝殿に入ると、中には誰もいなかった。そんなことってあるんだ。散歩して喫茶店に入るように国宝が見られる京都。
国宝に指定されているのは、まず、定慶作の六観音菩薩像。「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の「六道」に迷う衆生を救う6体の観音像。主に平安〜鎌倉時代に信仰され、京都・大報恩寺(千本釈迦堂)の定慶作(1224年)が、6体すべて揃う唯一の国宝として非常に有名」。同様に、地蔵菩薩像も国宝とされている。「定慶作の准胝観音像とよく似ており、とりわけ面貌表現は、耳のかたちを含めて酷似した特徴を持っています。また、この時代にはめずらしく一本造(いちぼくづくり)であることも六観音菩薩像と共通しており、両者がセットのものとして造られたと可能性が高いと考えられています。」
これまで私が仏像を見てきたのは博物館のように人が大勢いるところだった。端正な美術品だ、と思っていた。静かな場所で一人、仏像と向き合うと、それが苦しみから人々を救おうという願いのもとに作られた事物だということを感じる。
過覚醒ぎみな日々を過ごしている。授業が準備中には不安だったり、最中には学生の反応を見ながら自分が口に出しているいることを反芻しながら次に言うべきことを修正したり、終わった後には高揚感がある一方でうまくいかなかったと落ち込んだり、とにかく感情の起伏が激しい。脳が焼かれている感じがする。
そんな最中にぼんやりInstagramを見ていると、知り合いがいつものように日本中を飛び回って、素晴らしいものを言葉を尽くして愛でていた。以前から彼女のことを「体力があってすごい」と思っていたが、こうやって自分自身が過覚醒で疲弊してみると、彼女は刺激へと自ら飛び込みに行って、さまざまなものに心を動かされながらも、その振れ幅に疲れないことのかもしれない、と思わされる。「刺激ジャンキー」という言葉があるが、むしろ彼女の強さは、平常心をすぐに取り戻すしなやかさにあるのだろうか
八百一でお惣菜を買ってみる。若竹煮と南蛮漬け。スーパーのお惣菜で若竹煮が売っていることがあるんだ。いずれも感動的に綺麗な味がした。うま味や甘味で嫌な雑味を覆っている、というのではなく、澄んだ味になっている。どうやったらこうなるのかわからなかった
授業で紹介するために、現代美術について以前書いた論文を読み直した。自分でも不安になるくらい、論理がかろうじて成立している文章だった(実際、ところどころ、つなぎがうまく行っていない部分があることにも気づいた)。学生に話したらまた怪訝な顔をされるだろう、と思った。
しかし、改めて考えてみると、常識的な考え方ではうまく掴めないものを書くのが人文学の文章であり、さらにアートはその表現によってのみ表すことのできるものを表そうとする試みなのだから、その不安定さは当然のものであるのかもしれない。
とはいえ、不安定さそれ自体を目的として強く立てすぎてしまうのも危険だろう、と思った。確かに人文学や美術の価値の一つには、常識的な語りでうまく言えないものを示すことがあるだろうが、危うさそのものを目的とするのは、単に曖昧な文章を許容することや、自己破壊的な所作への傾きになってしまう。
気温の変化についていけない、と感じたのでお散歩する日。そのあたりにあるお店がとても古く、とてもおいしい。
午後は等持院の座敷から庭を眺めた。縁側に縁取られて見える庭の景色が、研究室から眺められる山の風情に似ていた。山の借景を前提に作られた庭だから、さもありなん。
やはりずっと緊張していたのだと思った。仕事も研究も気負いすぎなんだろう。けれど、その時点での最高点を叩き出せないことをやるのは嫌だな。
ともあれ、ここには、日常の隣に「寺で庭を見ながらぼんやり」がある。
即レス筋が常に緊張している。メールだけでなく、何かを記入してすぐ返すべき書類が多すぎる。同時に、ちょっと先の締め切りが絶えず頭の中をちらつくので、きちんと考えるときに使う頭の部分もずっと使い続けているようだ
ある授業の初回がうまくいかなかった。多くの受講生が混乱しているように見えたし、寝てしまっている人も少なくなかった。数日間そのことについて考えていたが、その授業でやりたいことを振り返ってみると、それも当然なのかもしれないと感じた。
そこで教えようとしているのは、うまく言い表すことができないが、確かに感じられているものを明確化する方法である。すでに自身に明言できるものの外側に微弱に感じられるものがあると体感したことがなかったり、それを明らかにしたいという意志がなかったりした場合には、この授業は何をやりたいかわからないだろう。
言い換えれば、世間的なお題目を繰り返すのが大学だと考えていたり、定型的な言葉の応酬や内輪ネタでしかないようなコミュニケーションを楽しいと思ったり、自分や他人が本当に感じているものを真剣に捉えることに興味がなかったりするのであれば、この授業に対して興味は持ちにくいだろう。実際、ある種の「社会的」な振る舞いとして、そのような上っ面さが必要とされる場面が多い、というのも事実である。そういうものだけを求める人に対して私は語る言葉を持たない、と思う。そういう方は、どうにかしてこの授業を耐え抜いてください。
私は現在言葉にできるものの手前にあるものを考え抜くことが重要だと思っている。そのために長らく試行錯誤をしてきて、そのための方法がある程度形になってきたので、それを共有したい
最近は不安で憂鬱な気持ちで過ごしているが、それは初めてのお仕事が続いていることに加えて、連れ立ってはしゃぐ大学生をたくさん見ているためだ、と気づいた。これは友人の言葉の受け売りだが、「春は世界が生き生きしているので私は相対的に死んでいる」。
具体的にはまだわからないが、京都には東京とは異なる美意識がある。服の色使いはやや地味であるように思う。音楽の傾向性も違い、ちょっとペルー味がある。
あと、京都ローカルのラジオであるKBSやα-STATIONを数日間聞いて気づいたのは、京都の人々の自己表象において、自身と日本的なものが肯定的に関係づけられることが多い、ということだった。この日は京都のお漬物がおいしいという話で盛り上がっていた。日本らしさは、ある種の社会文化的な前提としてではなく、帰結において現れるべきものとして明示的に参照されている。
うすいえんどうの豆ごはん、スズキの木の芽味噌焼き、にんじんの葉のサラダ
京都移住後、初めてのちゃんと外食として志る幸に行った。勉強になる店だと感じる。ものすごくおいしい、ということはないのだろうが、何らかの正解がある。
八百一でお買い物。ここはすべての野菜を扱おうとするオオゼキ的な品揃えとは異なる。それでも、京都の野菜も、そうでもない野菜も数多く並んでいる。そしてちょっと感動したのがお惣菜コーナーの充実。京都っぽいお惣菜が並んでいた。奥に大きなスチームコンベクションオーブンが見えて、ここで作っていることがわかる。ここにも正解の味がありそう。
雨の音を聞きながら研究室の片付け。100サイズの段ボールで、研究室から10箱、家から14箱。ジャンルごとに本を分類するのとは別に、宿題になっている本の区画を作った。これらをすべて読み終われば、確信を持ってそのテーマについて書くことができるのだろうか。
スライドのフォントがバラバラな企業はなんだか不安になる
研究者のよいところは、研究それ自体としては、いわゆるクライアントを必要としないこと。関わる人がいるとすれば、個別の人間ではなく、すべての人間だ
この二ヶ月ほどAntigravityに魂を奪われていた。それは、第一には、達成感のためであった。私の生活には普段、着実な達成というものがない。対して、Antigravityでコードを書くのには、明確な目的があり、それに対するステップもあった。第二には、前にも書いたように、ギャンブル的な楽しさのためだった。Antigravityはそれほど正確ではないので、指示がうまく遂行されたり、遂行されなかったりする、ということが、おそらく人間にとってはより強く報酬系を刺激する(と言われていた気がする)。第三には、4月以降の生活について考えることの逃避だった。道具を作るという作業はまさに逃避の絶好の口実だから。本当に辛かった、ということを認識して楽になった
最近の民族誌を読んで反感を覚えた。くどくどと書かれるだけで読者をどこにも連れて行ってくれない挿話があると思えば、事例に関係づけられているとは思えない哲学のふわっとした議論が紹介されている。単に「ボトム」と「トップ」があるだけで、「ボトムアップ」でも「トップダウン」でもない。私はちゃんと「ボトムアップ」がやりたい、と思った。これから十年くらいはそのやり方を探すことに費やしてもよいだろう。
蛤を酒蒸しにして、小さめに切った春キャベツと一緒に蒸す。春キャベツの優しい香りがおいしかった。蛤の身は当然おいしいけれど、それはちょっとおいしすぎたので、蛤の出汁だけの方が上等な味がすると思った。
ずっとバイブコーディングしてしまう。諦めて、これも仕事だと思い、のめり込むことにした。そのようにして内心の罪悪感を軽くしてみると、実行待ちの間に結構大量のタスクを処理できていることに気づく。むしろ、繰り返される小規模な、そしてランダム性のある報酬みたいになって(一番中毒性があるやつだ)、通常のタスクを延々とこなすことに貢献している。
大人なので、今日は昼ごはんにホットドッグを二つ食べた
オオゼキ下北沢店でふと目に留まった「ムクノカオリ」を買って、家で口にしたとき、「これはまいった」と口走った。よかった。
ある人が「私は、その人だけに見えているような景色をこそ見たいんだよ!」と言っていた。それは僕の興味とだいぶ違うと感じた。僕は「その人に」を外して、「世界がそもそもこうであった」にしか興味がない。
急にピンポンがなったと思ったら、身に覚えがない小僧寿しが届いて、“I read your article. Great. M. S. “っていうメモが入ってて欲しいな、と思いながら生きてきたが、インタビューに次のように書いてあった。
MS[マリリン・ストラザーン]:(笑いながら)あなたは私の著作について、実によく[わかっていますね]……そうですね、あなたに何か贈り物をしなければならないと感じるほどです。もし私がハーゲンの人間であったなら、あなたのために豚を一頭屠っているところですよ。
うどはうどで食べるけど、うどの皮を刻んで混ぜたうどごはんが大好き。
外出していて喉乾いたけど、自販機やコンビニで買うのが癪なので買えなかった。
国立新美術館で「テート美術館——YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」を見た。自分や誰かが傷ついていることを適切に表現しようとする作品が多かった、と感じる。傷ついていることを正確に表すのは難しい。
バー、SODDEN FROGへ。春菊と、青海苔の香りを移したジンのカクテル。春菊色の万年筆のインクをイメージして作りました、みたいな夢のような艶やかさだった。
最近はとても弱気だ。僕が一日にやっていることが、僕が一日に食べている三食分以上の価値を生んでいるのか、という問いがたびたび頭をよぎる。
それと重なってますます私を落ち込ませているのは、現在の生活の終わりが迫っているのを感じていること。この数年は、もうこんなこと一生ないと確信できるくらい、穏やかで楽しい生活をしていた。きちんとすべてを弔ってあげなければならない。
昨日、直前のキャンセルがあれば通知が来るようにしていたレストランから、翌日の空席のお知らせがあった。今回を逃せば一生訪問することはないだろうと思ったので行くことにした。
食材の香りやうま味ではなく、それどころか普通に調理すれば感じられるであろうその甘さではなく、食材の奥にある甘さを狙った料理だった。蕪蒸しでは、冬の蕪の甘さはほとんど感じられず、筋の部分の甘さだけがほのかにあった。食感もシャミシャミしていたから、丸ごと焼いた後焦げた皮を剥ぎ、汁を全部絞ったのかもしれない。蕪蒸し以外も、食材のほんのりとした甘さへと一貫して研ぎ澄まされた料理で、苦みやうま味の強いはずの食材にそれが感じられないようにしてあった。辛くないクレソンのサラダをどうやって作ったのか全く見当がつかなかった。
大きなカサゴが手に入ったので蒸し煮にしようと思ったら、あまりにも大きくて無理やり身体を曲げるようにしなければ入らなかった。「もはやこれまで」。
いろんな仕事が一旦片付いて、ずっときちんと眠れなかったのがちょっとずつ眠れるようになってきて、ふと冷静になってみると、やるべきことが山積していて、不安になった。この数日はその不安で気持ちが落ち着かず、日記を書けなかったのだった
p2workflowyがやっと完成したので、やっとAntigravityの重力から逃れることができた。初めてAntigravityに触ってから二週間が経っていた。本当に疲弊した日々だった。よく言われているように、頻繁な作業の切り替えが心身を蝕んだ。こんなに激しくタスクの間をうろうろすることはなかったので、そのことを知らなかった。
8000字ほどの文章を書き終わった。実際の執筆は細切れに6日ほどだったが、文章の構想自体は2年以上前にあったものだった。しかし、あまり面白くならなかった。書いている間に奇跡が起きなかった。この数日間の自分の感情を振り返ってみると、奇跡を信じる気持ちが足りなかった、とも感じる。あまりにもだらだらと長引かせすぎた。落ち込む。
私はそれなりによい読み手になりつつあると思うが、書き手としてはかなりしょうもない。
今日は、僕の選択はすべて間違える、と思った日だった
多分、真正で、かつ専門家の手によって作り込まれた漬け物を食べた。自分で作るぬか漬けとは洗練が違った。美しい、と言ってもよい。あるいは、美しい、としか言えないくらい、だいぶ正体不明でもあった。
複雑な構成になっている本を処理しようとして、いろんな理屈を積み上げて、実験して、でも結局無理で、しかもそんなことをやっているうちに以前はできていることもできなくなったので、一旦処理を単純化した。バイブコーディングは機械の気持ちになる訓練をしていると感じた。
あと、ソフトウェア盆栽という言葉を知った。ちょっと恥ずかしい。
二つ目のツールができた。英語の論文を翻訳して、Workflowyに載せるための形にするp2workflowy。いくつもの場所を移動して、手作業でやっていたことをやる必要がなくなる。また、難しい論文は、AIに部分ごとに質問しながら読むとかなり速く深く読めることがわかった。そうすると結局、考え続ける力が制約になってくる。私が考えなければ、私が考えられるようにならない。