fujitashu

2026年1月8日(木)

だんだん生成AIの使いどころの感覚がわかるようになってきた。間を埋めるのは上手。嫌だった文章が一瞬で書けた。

2026年1月7日(水)

私が依拠する理論的潮流の源泉の一つである著作が邦訳されたので読む。不思議なところは、解説でまとめられている主張が極めてクリアカットであるにもかかわらず、本文が難解すぎてどうやってその解説を引き出したのかさっぱりわからないこと。その理論的潮流の他の議論と比較しても妥当だと思われるし、本文の端々に解説につながる部分があるので、解説が間違っているとも思えない。しかし本文のほうがまったくわからなかった。

2026年1月6日(火)

論理表現リストを使って文章を推敲した。論理表現リストとは、「同一視する」という項目に、「一致させる」、「対応させる」、「重ね合わせる」など、「AはBをもたらす」という項目には「ことになる」、「導かれる」、「帰結する」などが書かれている表であり、同じような表現の連続を避けたり、捻った文の展開を滑らかに進めたりするために作ったものである。生成AIはまだ、論理表現リストをこちらから渡してもうまく文章を推敲してくれない。こういう推敲にはいくらでも手間をかけてしまう。

2026年1月5日(月)

嫌だった作業を片付けてうきうきだったので夕方の街をお散歩した。スーパーに食品のトレイを捨てに行き、トレファクを見に行った。

この夜はなかなか眠れなかった。そもそも眠りたくない、とちょっと感じていた。報復性夜更かしに似ている感じがするが、違うのは今日はたくさん働いて、一仕事終わらせた、と感じた日だったということ。報復性夜更かしと逆の状況。とはいえ、仕事が終わって高揚感があった、というわけでもない。自分に対して適切に仕事が終わった後の労いを行なっていない、という感覚かもしれない。

2026年1月4日(日)

メルカリでいいなと思って眺めていて、けれど気分が落ち込んでいた時期だったので買いそびれてしまっていたシャツがあった。その後時々思い出してはメルカリを探していたのだった。それを一昨日ZOZO Usedで見つけた。安かったが、コンディションDだった。とりあえず買ってみた。

そのシャツが今日届いた。胸ポケットにうっすら染みがあった。見えるし隠せない位置だった。ZOZOのスタッフが染み抜きしても落ちなかったからこそ、安く出されていたのだろう。そう思いつつも、ひとまず懸命に染み抜きを試みた。そのまま夜ごはんを食べながら、暗い気持ちになっていた。まあ運試しだ、と思った。結局、漬け置き洗いから引き上げてみると、うまく染みが落ちていた。今年はこの遊びに挑戦しよう。

2026年1月3日(土)

冬休みの間ずっと、生成AIに文章を読ませて遊んでいた。正確に言えば、ずっと遊んでしまっていた。研究者の役割を与えて批判的なコメントを書かせたり、校正の役割で校正させたり。校正にはけっこう使えるものの、内容の読解はかなりお粗末だ、と思いながらも、色々とプロンプトを試して、様々な角度から意見を求めてしまう。文章を読んで意見をくれる人に飢えているのだと思う。

2026年1月2日(金)

母の友人が自殺で亡くなったらしい。数年前には友人が脳卒中で亡くなったと言っていた。母は死を少しずつ自分のものとして引き受けるような年代になりつつある。

2026年1月1日(木)

冷蔵庫の中にカーロボネロがあり、白菜や大根を買う気になれなかったので、イタリア風というつもりで、餅、鶏肉、カーロボネロ、里芋のお雑煮。オリーブオイルやにんにくを入れず、鶏肉と里芋があったせいで、芋煮的なお雑煮でもあったのかもしれない。

帰省して、他の人が昼寝している間に領収書の入力。これで確定申告でやるべきことの大半が終わった。帰省の恒例になりつつある。

2025年12月31日(水)

何を書けばよいかわからず、なかなか手がつけられなかった短文を書き始め、書き上げた。関係ありそうな情報を集めて、並び替えて、語りをなんとか作り上げることができた。来年最初の締め切りを片付けて一安心。

2025年12月30日(火)

ボードゲームを囲む忘年会。頭を使う遊びは嫌いだと思った。普段から頭が疲れ切っている。言葉遊びみたいなゲームならよいけれど。

2025年12月29日(月)

今年の振り返り、日記編。

今年はありとあらゆることを真剣に考えて、喜怒哀楽が激しかった。

振り返ると、ほとんどすべての文章について、怖さを感じながら書いていたようだった。恐怖の底に触れるような文章を書き続けていたのはよいことだ。

そして、そのような恐怖があっても書けるのは、それ以上に信じているものがあるためだろうと思った。そうだとすれば、ある意味僕はもう孤独ではないのだろう。

2025年12月28日(日)

今年の振り返り、X編。私もXはそんなに使わなくなったし、私のフォローもそうだが、それでもたまにXを見たり書き込んだりすると嬉しかったり印象深かったりすることがある。そういうものが「いいね」に記録されているので、年末には「いいね」を見返すことにしている。

Xにおいて今年一番嬉しかったのは、樋口直哉さんがフォローしてくれたことを受けて「インターネットをやってきて一番嬉しかったのは樋口直哉さんにフォローされたことかもしれない。2010年代以降を生きてきた料理愛好者として、樋口さんから数え切れないほどのことを学んできた」と書いたら、「マジですか。藤田さんのテキスト、興味深く拝読しております、、、。」( naoya_foodlab 2025年8月18日)と書いてくれたこと。私は樋口さんの書いた文章を読み、こんなふうに料理を明晰に語りたいと思いながら研究してきたので、感慨があった。

一番動揺したのは、永田康祐さんが「来年度に食べ物じゃないテーマで新作を準備する予定で下調べを進めているんだけど、不案内な分野の勉強や調査をどうやるのだったか忘れてしまって途方に暮れています。いろんなことを自由に調べたり考えたりしたくて今の生活を選んだはずだったんだけどな。こんなはずでは。本末転倒ですわ。」( knagata_org 2025年11月30日)と書いていたこと。新しくものを調べたり考えたりすることほど大変なことはないのに、それに情熱を燃やすことができるのはすごいと思った。そしてそれを怠っている自分を恥じた。

2025年12月27日(土)

仕事が納まってきたという気分がようやく感じられるようになったので、今年の反省を始めつつある。今年書いた文章のうち、だいたい1/3くらいは今振り返って結構意義があると思った。1/3くらいを自画自賛できるなら上出来だ。

2025年12月26日(金)

来年度の授業に向けていろいろ書いた。ふと、先生の一人に言われたことを思い出した。ひとが普通の言葉をきちんと使って、物事がきちんとわかるようになってほしい、という私の願いは、一方で言葉を酷使すること、他方で言葉を厳密に統制することにつながるが、後者を主軸にすることはまさしく権威的な人文学者の仕草である、と。

最近私がやっているのはまさにそういうことだと思った。だけど私としては、私がやっている程度の型通りのことはできるようになった上で、そのやり方から離れて言葉をもっと自由に酷使できるような人間が見たいなと思う。

いや、それだけではないかもしれない。私が私自身の手で型に嵌めた言葉は、そもそも私や友人が自由に使ってしまった言葉をいずれも後追いで捕まえたものだから。私自身でも言葉に無茶をさせているし、親しい人々にもそのような言語の使用を促している。

2025年12月25日(木)

牛肉の赤ワイン煮込みがうまく行かなかった。勘所を抑えて簡略化していたつもりが、全然勘所を抑えていなかったのだろう。長らくレシピ通りに料理を作っていない。レシピに学ぶ習慣を失くしてしまい、成長がない。

2025年12月23日(火)

言語のねばっとした感じとかごろっとした感じをそのまま引き受けて編まれた文章を読むと、私は言語を道具として扱っていると思う。

2025年12月22日(月)

シーフードレストランメヒコ守谷フラミンゴ館。フラミンゴがいるところでカニを食べる。多くの人々が当然かのように振る舞っているが、なんだか納得できない。世界に少しずつ参入していく子供はこんな気持ちでいろんな物事を見ているのだろうと思った。

2025年12月21日(日)

今年中の文章の締め切りが終わったので今年の反省をしよう、と考えたものの、なんだか締めくくりする気になれなかった。1月半ばに嫌な締め切りがいくつかあるせいかもしれない。難儀な性格だ。

2025年12月20日(土)

仮のゲラにする前の本の修正を終えた。最後の作業は、WorkflowyからGoogleドキュメントに文章を移して整えること。以前すでにWorkflowyからGoogleドキュメントに移した上で、そちらで表現などをいじってしまっていたが、編集者に大幅に書き換えるよう助言をもらったので、そのGoogleドキュメントからWorkflowyに文章を再度移していたのだった。というのも、小手先の修正はともかく、すでに書いたものをばさっと捨てたり、順番を入れ替えたり、新たに書き加えたり、といった本格的な執筆は私にはWorkflowyでないとできないため。そのようにして書き直した文章をGoogleドキュメントに戻すには、消えてしまった注を復元して本文に入れたり、参照文献の書式(英語文献の斜体など)を整えたり、といった作業が必要となる。

ほとんど徒労だったと思う一方で、文章をちゃんと書き直すにはこうするしかなかった。

2025年12月19日(金)

火曜日に行ったsetoの料理について、昨日の夜と今日の午前で日記を書き終えた。考えるべきことが多いと感じて、なかなか手がつけられなかったのだった。今回はちゃんと分析しきれなかったのでもう一度行きたい。

最近考えていたのだが、やはり「ライフヒストリー」なるものに興味を持てない。人生の話には興味がない。非ライフヒストリー的なものについて考えるために必要なかぎりでライフヒストリーが面白いこともある、と考えているようだ。

時系列的な語りに懐疑的なのも似ている。時系列的な語りは人間の理解の仕組みのためにある程度必要なものだが、時系列的な語りは非時系列的なもののためにあると思っている。

2025年12月18日(木)

企業の人から「とりあえず話してみましょう」的に呼ばれることがある。けっこう不思議なのが、そういう機会に自分のことを長々と話してくれる相手方が多いこと。僕がベンダーで相手がクライアントであるような顔合わせならば、クライアントの話をよく聞くことは当然だと思うけど、なぜわざわざ私を呼んだ上で、私の研究について尋ねたりせずに自分の話をするのだろう。私には自分の知識を商売にする特別な動機はないので、結局その人の話を「へー」と思いながら聞くだけになってしまう(と言いつつ、サービス心から、その人たちの商売に関係づけるような提案をしてみることもあるのだけど)。

2025年12月17日(水)

仕事をする気が起きなかったので、調布飛行場のカフェに行った。大学から歩いて30分。大きな公園を突っ切って、飛行場の外周を半周する。平日の昼間の公園にはばらばらと人がいる。冬の青空と黄色に輝く原っぱ。けっこう頻繁に飛行機が飛び立っている。釣り竿を持った人が空港のロビーに入って行った。定期便は伊豆諸島に向かうらしい。いろんな人生がある。カフェは食堂とフードコートとカフェの中間みたいな感じで、空港職員のような人と近所の住人のような人がいた。仕事するのでもぐったりしているのでもない時間は久々だった。

2025年12月16日(火)

夕方、駒場の食堂で時間を潰していると、学生がその友人に向かって、いかに恋愛が幻想に過ぎず、不毛であるかを力説していた。駒場だ。

2025年12月15日(月)

今日は全然ごはんの味がしない日だった。

2025年12月14日(日)

コンビニでお昼ごはんを食べる機会が発生した。小雨が降っていて寒かったので、エビ風味のカップラーメンを買ってみた。スープをこぼさないようにカップラーメンを運ぶ経験をした。

2025年12月12日(金)

授業で自分の論文をかいつまんで紹介した。話しながら、なんて危うい論拠の上に成り立っている主張なんだと思った。そして、人間はこの程度のこともちゃんと考えられないのか、と落ち込んだ。

2025年12月11日(木)

午前に京都に行って、夜に京都から帰ってきた。疲れ果てた。家に帰って食べた白米がなぜかとても美味しく感じられた。香りのよい穀物だ、と思った。

2025年12月10日(水)

すでに書き上がった文章を書き直していると、どうやら議論が破綻していることに気づいた。話の前後を入れ替えたり、話の繋ぎ方を変えたりしても、うまく行かない。すでに人前で発表したことのある部分で、その際はこの箇所にかんする指摘がなかったから、さして問題ではないのかもしれない、とも思う。しかし、なかなか諦めることができない。午後の最初に気づいて、夜ごはんを食べている間もずっと考えていた。寝る前になって、やっと、不要な議論が長々と書かれていること、重要な部分が欠けていることが認められた。

夕方の段階で、文章の構成から作り直したほうがよいということには薄々気づいていた。しかし、それがうまく行かない可能性を考えると怖くて、きちんと頭を使うのが面倒で、仕事が後ろ倒しになるのが嫌で、その作業を避けていたのだった。覚悟を決めるには長い時間が必要なのだ、と言ってよいのかもしれないが、本当は大幅な書き直しを即断できるようになりたい。

2025年12月9日(火)

曖昧な内容が書かれている本を読んだ。その後読み始めた本は、難解だが明確な内容が書かれた本を曖昧にしか理解できていないと感じた。何もわからない。何の意味もない時間を使ってしまったと感じた。読んだ本を面白く感じられないと世界にうんざりする。

しかし、それらを混同するべきではないのだろう。適切に取り組めば理解できる本がわからないという事態は尊厳に関わる。

難解な本に適切に取り組めていないのは、丁寧に読むだけの時間と気力をきちんと用意していないからだと思った。対処したほうがいい。

2025年12月8日(月)

この数日走り回っていたのでお休みの日&家で作業の日。家にほとんど食材がないので、昼ごはんは菱田屋酒場に行こうと思ったが、作業に夢中で気づいたら閉店の時間が迫っていた。何を食べたいのかよくわからなくなったが、今日はひとまずビリヤニを食べに行くか、と思って外に出たところで、近くのパン屋、ケノヒノパンのサンドイッチを買おうと思い立つ。しかし売り切れだった。がっかり。ビリヤニを食べに行く気もしなくなって、どうしようか迷い、立ち尽くす。家に帰り、冷凍してあるトマトソースでトマトパスタを作った。

こうやって判断に長々と迷うことがこの日はもう一回起こった。疲れているのかもしれない。