昨日まで読んでいた本が重要な理論的な支柱として参照していた本を読んだ。以前読んだことがあったけれど、まったく印象が変わってしまった。端的に言えば、同じように言葉に振り回されていて、概念を握って使っている感じがなかった。
これを「二人とも馬鹿だから」で片付けるのは簡単だろうが、それは見切りが雑すぎる。二人とも優れた部分が多い著者である以上、「単に概念を握って使うことに興味がないから」と考えた方がいいだろう。さらに言えば、「そうやって言葉を扱う体験が意識化されることが稀であった」とか、「学問領域としての慣習が違う」とか考えた方がよっぽど得るものが多い。
そう思って考えてみると、確かに、哲学ないしその近接領域は概念を握って使うことより、概念を完成させて、それをできる限り遠くまで行かせることの方に関心がありそう。もちろん、誰かが不完全なままにした概念を叩き直してより良い概念を作る、ということはやっているだろうけど、むしろ手綱を離して自立した概念を生み出すことを求めているような気もするし、良い概念/悪い概念 が 上手い読解/下手な読解 に仕分けられていそう。
対して人類学は、どれほど概念がある状況に位置づけられたものでしかないかということを自身に延々と言い聞かせてきた学問で、異なる概念は異なる状況に対応づけられることが基本の一つにあるはず。どんなふうに自分たちが概念を握って使ってしまっているか、ということをずっと人類学者同士で言い合ってきて、(それをもって「だから人類学は根本的にダメなんだ」という人でない限り)うまく概念を握って使おうとしてきたように思う。
同様に対比すれば、哲学が完成した概念を作って、それがどんな時でも使えるようになる、ということに嬉しさを感じているとするならば、人類学は概念がうまく行ったり行かなかったりする時を見つけて概念を握り直す、それに応じて状況を分け直す、ということがプログラムに組み込まれている気がする。当然、人類学にも完成した概念で全てを語って終わりにしたい人はいるけれど、だいたいは言葉がうまく行かない状況を探すことが強く動機に組み込まれている。
……いや、これは私の定式化した人類学に近すぎる気もするが、ともかく、概念に対して哲学っぽい関心の持ち方はあって、それは人類学的な言葉の扱い方とは全然で、互いに他のやり方に対して興味を持てない、ということはありそう。別にそういうふうに言葉を捉える人たちに関心を持ってもらう必要がない、ということもあるけれど、真剣に言葉を扱おうとする人の中にそういう考え方の人が少なくないことは確かだろう。一体、何をどうすればいいのかしら
期待が高かったのですぐ読まなかった本が期待外れだった。
まず、不要な文章や語などが多い。前に書いたことをほぼ繰り返す文章、議論に入る前の投げかけ、いらない副詞、反語、傍点による強調、不要な改行。それほど文字数の制限がない書籍という媒体であることを考えても、あまりにだらっとしている(だけど、もしかして、そんなにぐだぐだ書いてあげないと読者は読んでくれない、ということなんだろうか)。
次に、概念に振り回されている。強い言葉で書こうとしている物事を不用意に切り分けてしまっていたり、用語自体を長々と検討して論脈が失われてしまったり、逆にそうした言葉を呼び出すことをもって記述や論証を省いたりしている。文章内に漢語が多く、和語の動詞が少ない、ということにも言葉の重さに屈している兆候が現れている(とはいえ、物事を学問によって捉えようとする人は、そもそも言葉に振り回されることや漢語を使うことを好む傾向があるのかもしれない)。文章内には、ちゃんと書けばもっと面白くなる事柄がたくさんあったのに。ある章と別の章の議論では異なる概念群が使われているが、私の目にはそれらを共通した言葉で記述することができるように思われた。最終章でそれらを統合するのかしらと思っていたらそうはならなかった。
このように並べてみて、余計な装飾をたくさん置いてしまっているから重い言葉のなすがままになっているのかもしれないと思った。文章の総体としてはある程度書かれるべきことを把握しているように見えるが、どの文章や概念がきちんと現象を捕まえるのに必要で、どれが効いていないのかわかっていない。いらない部分を削ぎ落として少ない概念に重さを預けてみれば、どの用語がうまく働いているかきっとわかったはず。その結果として、概念が握らずに使われることになる。
翻って、私自身は言葉をうまく掴んで使っているのか、ということを考えざるを得なくなる。仮に現在は必要十分な仕方で用語を用いていることができているにしても、それができるようになったのは『新潮』でのエッセイの連載と、博論の最終章を書いた頃以降であって、これ以前に書かれた文章、例えば時期的にはそれらのすぐ前に発表されたノーマ京都のレビュー( https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/noma-kyoto-review-202304 )を書いたときには雑に概念を並べていた、と思う。比べてみると、エッセイの連載も博論の最終章は時系列や論述の枠組みに沿っていない文章、あるいはそうしたものを意図的に放棄しようとして書かれた文章であって、ノーマ京都のエッセイは料理を提供された順番で並べたものであった。言葉に振り回されていた本もまた、普通に物事について話す順番で章が展開していた。確かに、情報を並べる枠組みや順序を一旦忘れて、対象に即してそれらを組み直す、というのは、だんだんできるようになってきたとはいえ、とても難しいことだろう。
この本が期待外れだったというより、これが称賛される現状に動揺しているように思う。第一に、もっとすごい著者がいるはず、って夢見ていたかった。そして、自分の文章が受け入れられるか不安になる。私の議論に新規性があるということで、論文を書く余地はあるわけだが、エッセイに違和感を持たれるのは嫌だ!
追記 概念を握って使えるようになった以降の文章でインターネットで読めるものが少ない。以下の展示評はそのひとつだろう https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/hiroto-tsuda-review-202505
ついに終わった……。長かった一学期が終わった。先例がない授業をして、原稿も手を抜かずに資料を読み込むところからやって、胃が痛くなるような文章もきちんと踏み込んで書き、学会発表も自分の考えられるかぎりのことを考え、書籍の原稿の改稿も二回くらいやり、同時に研究用の、そしてこれからずっと使えるような基盤的なAIを一から叩き上げて作った、しかもケータリングしながら。
辛い時期を耐え抜いて、強くなったのかはわからない。記憶を半ば失くしつつもやり切った。ひとまず二日間休んだけど、まあごろごろするのは飽きてきた感じはしてきたけど、でもまあまだやりたくない
(以下、調べれば正確な用語にできるものや訂正できるかもしれない誤りをそのままにしています。初日のフィールドノートのラフさだと思ってください)
祇園祭について下調べしている時に、それが「日本三大祭」だという説明を読んで、ちょっと苛立たしさを感じてしまった。私は静岡県浜松市出身で、ゴールデンウィークには市のほとんどの町が参加する大規模な凧揚げ合戦が開催されるが、やはり田舎は入れてもらえないのだろうか。けれど、祇園祭の現場を見てみて、三大祭という表現は不正確だが誤りではないと思うようになった。
4月に京都に引っ越してきて、祇園祭を見るのは初めて。
バスは、祇園祭の交通規制のため、いつもと違う道を通って市内中心部に向かう。四条大宮のあたりに行くと「意外とみんな普通に生活している」と感じた。今は平日の午前中なのだった。
この日は仏教美術の先生と美術史の院生ともに、鷹山の組み立て現場を見学させてもらいにきた。組み立て初日の午前で、山鉾上部の最も基礎的な骨組みが立ち上がったばかりのところらしかった。Geminiの見立てではこの段階で2トンくらいある。いろんな番号が書いてある木がたくさん積んであった。どこに保存してあるのだろう。
20人くらいの作業服の男性が動いていた。みんなプロの格好して、プロ的にキビキビ動いている。昨年取り付けたところに印がついているとかではなく、測量しながら設営しているし、細かな作業表があったりした。大きな柱同士を麻の縄で、つまり釘でもなくプラスチックの紐ではなく、固定していく。麻の縄でちゃんと柱を固定することだけでもとても力が要りそう。専門家でないとできない仕事だった。
そのうち、作業場の前の車道にぎりぎりの大きなトラックで、大きな柱が二つ運ばれてきた。船でいうところの竜骨に相当するものらしい。一本800kgくらいはありそう。そのトラックに付随のクレーンではなく人の手で持ち上げることが想像できない。
柱は年季が入っている。鷹山は近年復活した山鉾だった。鷹山は江戸期の巡行の際、雨に振られて懸装品がダメになってしまった後、どんどん焼けの時に山鉾が焼失してしまって、しかし2022年に復興している。大きな柱は他の山鉾から譲り受けたらしい。今使っている車輪も他からもらったもので、いつ壊れてもおかしくないので今はクラファンに取り組んでいる。目標金額は1200万円らしい。
作業が行われているのは復興を率いた、保存会の元会長の会社の敷地だった。4階建ての実用的なビル。駐車場かと思ったら、一階の奥のほうに抜ける通路があり、そちらに車が停まっているのが見えた。だとすれば、この作業場は山鉾を組み立てるために確保したのか……?と思ったが、建物は1990年台の雰囲気があるし、復興は最近なのでさすがに違うだろう。
というか、他の山鉾は一体どこで組み立てているのだろうと思った。山鉾がある通りは基本的にオフィスビルや飲食店が並ぶところで、駐車場的なものはない。少なくとも、すでに組み上がった山鉾は道路の真ん中を占領していた。それでも、大通りでない内側の通りならばそれも理解できるけれど、四条通や烏丸通を挟む団体はずっと道の一車線を塞いでいるということだろうか。
普段烏丸通を歩いていると、オフィスビルの間にポツンと古い家屋があることには気づいていたし、その門のところに文化財的な建物の前によく立ててある看板を読んだことがあった。その山鉾、孟宗山もその日は建物を開放していた。入ってすぐのところには、孟宗山や、その御神体の由来を説明するパネルが設置されている。さらに奥には御神体が飾ってあって、数人のおじさまがちまきを売っていた。仏教美術の先生が、飾られている懸装品を見て平山郁夫かしらと呟くと、果たしてそうであるらしい。昭和以降の画家とはいえ、祭りのための集会場に何気なく平山郁夫が飾ってあるものなのか。美術品だ。孟宗、つまり筍をモチーフにした山鉾であるためか、小さな竹林が設えてあった。三面をオフィスビルに囲まれた薄暗い場所に一角に竹林がある。町内会費で固定資産税を賄えるのだろうか。
他の山鉾もビルの合間の路地を奥に入ると、突然神社めいた建物や小さなお社が現れる。ガラスケースの向こうには、1880年台に作られたという華美なタペストリーがある。端の方はほつれている。普段は京都国立博物館に寄託されているという日本刀がある。かと思うと、2011年に作られた三十六歌仙絵巻の懸装品がある。誰かがそれを作る技術を守り続けているということを意味する。
その山鉾のところでは8人くらいの人たちがちまきを売ったり案内したりしていたが、おそらく全員がこの通りの住人や、ここにオフィスを構える会社の従業員というわけではないのだろう。大学でもボランティアスタッフを募集する張り紙を見たことがある。米山俊直『祇園祭——都市人類学ことはじめ』(国会図書館の個人送信サービスで読める)によると、1970年台ごろからすでに、一つの山鉾を共有する単位が10世帯以下のところもあったし、アルバイトによって運営は補助されていると書かれていた。そういった組織運営はもう手慣れたものなのだろうか。
翌日には山鉾の巡行を見たが、そこで行進している人たちは詰所にいる人たちともまた雰囲気は違った。また別でアルバイトを募集しているのかもしれない。観客は、おそらくそのために植えられた欅の木陰で見ていればいいが、7月の真昼の京都を行進するのはそれだけでものすごい仕事だから。白化粧をしたお稚児さんは、神様の遣いとして、健気に手を振っていた。みんな真昼でシラフで、どこにも酒が売っていなかった。
祇園祭は私が知っている祭と比べてとことん重い祭だと感じた。
凧揚げ合戦に参加するそれぞれの集団は、町単位で運営されている。小学校の学区を三等分したくらいの範囲が町で、子供で言うと一学年40人くらいはいるはず。それなりに住民数があって、何かのたびに顔を突き合わせることになる人たちの集まり。大人も子供も公民館に集まってラッパや太鼓を練習する。
その祭りは初子の誕生を祝うもので、夜は小さな屋台を引きながら町内を練り歩いて、初子の家の庭や前でラッパに合わせて集団がぐるぐる回る「練り」をしてオードブルを食べる。昼は、浜の隣にある大きな公園にすべての町が集まって、初子の名前が書かれた凧と町の名前が書かれた凧をあげる。凧の大きさは3m×5mほどで、子供や大人みんなで綱を引き、それをラッパで囃し立てる。初子の凧ではやらなかったはずだが、町の名前の凧では綱切り合戦的なものが行われる。凧の綱同士を絡ませて、互いに綱を切るものらしい。綱切り合戦は大人のもので、私は子供の頃しか祭りには関わっていなかったので詳細はよくわからない。それでも、海沿いの広々とした空に100以上の大きな色とりどりの凧が上がるのは単純に嬉しかった気がする。お金について聞いたことはないが、初子の家がそれぞれ作ったり、綱切り合戦で落ちて壊れることが許容できる程度のものだったのだろう。浜松には当然専門家がいるが、竹と紙で作られる凧なのだ。
ともかく、祭のために維持されている集団があるというより多目的な集団の一つの活動が凧揚げ合戦で、やっぱり子供の誕生はめでたいし、ラッパをBGMに「練り」をするのはアガるし、糸切り合戦は多分盛り上がるし、お酒をたくさん飲めば楽しい。日々の学校や仕事の感じではない。そういえば、凧揚げ合戦の意味は聞いたことがなかったと思う、確か城主の子供の誕生を祝うためだったとかだったかもしれないが、それが話題に上がったことはない。というか、だいぶ発祥さえだいぶ世俗的な話だな。
祇園祭は、ほとんど祇園祭をやるという単独の目的のために集まった大きな組織であり、アルバイトや専門家をたくさん雇って運営するために保存会が日夜奔走しなければ維持ができないだろう。仕事だ。人員やお金がたくさん必要なのは、まず山鉾が大きくて重いから。御神体や懸装品も管理しなければならないし、それらは雨に濡れたりすればだめになってしまうけど、すべてを新調できないほどではない。それらを保管する建物は、田舎のようにただ同然ではないが、ないことはない。神事にまつわるいろんな意味があり、真夏の疫病に際して生まれた行事でもあり、日本の中心である京都が担ってきた伝統がある。
すべての装飾も含め、完成すれば3トン以上はありそうな、歴史そのものを体現するような造形物が立ち上がることにはやはりそれに特有の高揚感があるだろう。凧なんて風に舞うようなものをあげて、酒を飲みながらラッパを吹くのとは全然違う。祇園祭が日本の中でも相当重いものを持ち上げる祭だ、ということは確かだと思った。三大祭であるのかはわからないが三重祭の一つであることに疑いはない。
怪文書を書いてしまった、ということと、怪文書が書けるようになった、ということを同時に思った。
怪文書を書いてしまった、というのは、常識的に読みやすく整った文章でないものが出来上がってしまった、ということの自覚。意味不明だとか文章が下手だとか思われるのは嫌だ。
怪文書が書けるようになった、と思ったのは、一般的にちゃんとした文章がどういうものであるのかを知りながらそれを踏み越えられるようになってきたということであり、定型を外れて不安定でありながらぎりぎり成立する形に文章をまとめられるようになってきたということであり、そうした蛮行を必然性として引き受けられるほど対象についての確信を得られるようになってきた、ということでもある。
これからもちゃんと怪文書を書いていきたいし、それがまったく怪文書ではないことを読み手に納得させられるようになりたい
苦しい日々を過ごしていることに気づいた。ちゃんと自分が感じていることを把握しましょうと他人に言っているくせに、ここ数日の自分の状態を自覚できていなかった。今取り組んでいる文章が本当に気が重い。
まず、その文章が扱う作家について書くのはこれが三回目である。一つ目、二つ目の文章と同じことを書くわけにもいかないが、かといってまったく異なる議論になるのもおかしいだろう。次に、その作家のいくつかの作品を論じることになっているのだが、それらは作家の活動期間の結構な割合について書くことに等しくなってしまう。作家がやっていることのほぼ全体について検討するようなものだ。第三に、その彼は私以上に読み書きが上手い。誤魔化しが効かない。最後に、作家は友人でもあるので、ダサい文章を書いて嫌われたくない……。
怖くて怖くて仕方ない、ということを自覚して少しだけ楽になった
偏差値で会社を選びたい男の話をあちこちでしている。とりわけ学部生向けの、特に演習に近い授業では、自分自身で取り上げる題材を決めさせることになるのだが、自分の関心をよくわかろうとする習慣がない人たちには、それがわかるとなぜよいのかということがほとんど想像できないだろう、と思っているため。
振り返ると今学期はずっと「お前は何がしたいんだ」と聞き続けてきた。これから30年くらい、それを尋ねるのが私の仕事になるのだろう。僕の仕事。
とはいえこの質問を向けるべきは学部生だけではない。ちょうどこの日は一緒に研究してきた友人にも同じ問いを向けることになった。人間は放っておくとなあなあで生きていくことになるから、私にもその都度聞いてほしい。
先週のケータリングに向けてその数日前から緊張していたし、それと並行して本の改稿をしていたし、ケータリングの日からFableが復活したので根を詰めて遊んでいた。しかもまだ方針すら決まっていない原稿があり、それを頭の中に置きつつ前期の授業の最終回に向けて準備していた。
授業開始直前、唐突に鼻血が出て、これはまずいと自覚した。この数日自分で気づくしかたで機嫌が悪かったり、体が重かったり、一回引いたはずの胃の気持ち悪さが戻ってきたり、緩やかに頭痛がしたり、だったことを思い出した。
この日記、最近は書いていてあまり楽しくないな、と思った。自分が考えきれてないことに攻め込む、ということをできてなくて、自分が考えていることを確認するだけになっている。研究者であることとそれ以外がいいループに入ることもあれば、単に切り売りになることもある
濱口竜介『急に具合が悪くなる』見た。苦境に立たされる主人公があり、急な雨があり、散歩がある。長距離移動も、おいしそうなご飯も、問答も、ベッドシーンも、笑える不運の繰り返しも、似たテーマの反復も、希望もある。全部知ってる、でも全部見たことない。シネフィルのための夏休み映画!
岡﨑乾二郎『芸術の発見』読んだ。芸術を「固有の遡行的時間の生成」とする中心的な主張に同意するが、時間という、それ自体はすべての事象にかかわる形式に著者が振り回されているようにも見えた。「予期された帰結」のストラザーンやセントラルの料理で、時間を分離して展開し直してみたい!
人文系研究者の友人と自分の気持ちがわからない人々の悪口で盛り上がった。
友人の知り合いで、一般的に有名な大学の理系の大学院を出て、今でもあまり落ち目でなさそうな大きなメーカーで働いている男が、「会社にも偏差値があったらどの会社に入るか迷わなかったのに」的なことを言っていたらしい。
きっとこの人はすでに偏差値の高そうな会社に入りたくて今の会社にいるのだろうし、おそらく偏差値が高そうな女性と結婚するのだろう(男性であれば結婚するほうが偏差値が高いと思っていそうなので)。しかし、自分の気持ちがわからないあなたは、会社も結婚相手にも結局どこかで違和感を覚えて、だけど違和感があること自体すらうまく捉えることができないのでぼんやりと苦しむことになるだろう。
とはいえ、調子よく自分と異なる境遇にある人を貶しながら思ったのは、人文系の研究者は、自身が研究対象から感じ取ったものを学術的な言語で表現することのプロとして訓練を受けているわけで、そのような職業的なハビトゥスがないことで他人を論評するのはあまり品がないことだとも思った。
初めてケータリングした。単純に料理を出す実力はないので、(おしのぎを提供しつつ)三種類のおいしさについての研究発表を聞いてもらった上で、きゅうりを使って味を感じ取るためのワークショップをして、きゅうりのフルコース。きゅうりの水餃子とフェンネルの水餃子、きゅうりの薄切り、きゅうり丸かじり、きゅうりの薄切りとミント、うりの塩揉み、きゅうりのにんにく炒め、鱧きゅうり、きゅうりと豆腐と茗荷の味噌汁・きゅうりの塩揉みと陳皮・きゅうりの泡菜・ごはん。
きゅうりのミントにみんな驚いていて、驚かれたことに驚いた。だけど、確かにきゅうりとミントはそれほど一般的ではないかもしれない、と納得した。
それに比べて、きゅうりと豆腐と茗荷の味噌汁を「温かい冷や汁ですね」と言われた時には困惑した。冷や汁のことがまったく念頭になかったので意表をつかれた、ということはわずかにあったが、なぜきゅうりと豆腐を主な具にして、茗荷を載せただけの味噌汁を、いろんな文脈を圧縮した固有名詞を捻った形で名指さなければいけないのかわからなかったから。
今考えれば、親切に作り手の意図を読んでくれようとしたのだと思うし、その親切には感謝するしたい。だけど、そのとき反射的に思ったのは、「みんな料理を料理名に当てはめて理解したがるし、だからきゅうりにミントを合わせるとかきゅうりを味噌汁に入れるくらいありふれたことができないんだろう」ということだった。これはこの場を超えて、私が取り組むべき課題。
台風の後の鴨川で、オオサンショウウオと、オオサンショウウオがちらっと見えたあたりに集まりどこでどんなふうに見えたか教えあう人たちを見た
Neutral 古織部 向付(桃山時代 / 16世紀) 鯵、ふのり、きゅうり、水茄子
鯵は重みの感じられる食材である。もし鯵と、きゅうりや水茄子を同じような大きさで切ったならば、重さの鯵に対して、きゅうりと水茄子は水に近い味わいによって軽さを担っていたことだろう。しかしNeutralでは、きゅうりや水茄子は飾り切りが施された小さな要素として皿に置かれる。それは、青い香りや、じゅくっとした湿り気だけを口の中に表して消え、明るい陽の光の中の木陰のような印象をもたらす。このような陰のあとに続くとき、鯵はそれ自体では陰でも陽でもない食材でありながら、陰を引き延ばしていくように振る舞う。ふのりのくぐもった岩石感もそうした暗いトーンを確認する。
夏の北側に向いた長い廊下は燦々と明るい屋外に比べればぼったりと暗くて、しかしそこにも多量の光が差し込むので、陰の中でさえ明るいのか暗いのか判然としない。ところどころに置かれた物のあたりは確かに陰の色が濃くなっていて、そのために他の部分の陰の淡さが際立ち、陰の濃淡を知る。このような幽玄に結びつかない陰翳を喚起するのがNeutralの料理だった。
私は総体としての学生を植物のように思っているのだが( https://fujitashu.pages.dev/diary/2026-06-17/ )、ゼミの学生に対してはまだどのように振る舞えばよいのかわからない。ゼミでは研究関心を日常語や経験で解きほぐし、その傾向や前提を探るようなことを繰り返すが、そういったことは、研究者同士であれば、それなりに仲の良い間柄でしかやらないことだろう。しかし、当然、ゼミ生を仲の良い研究者のように扱うのは明らかに不適切だ。突き放せない分なんだか居心地が悪い。
自分の推論アーキテクチャを埋め込んだAIを作っている、という話を何人かにしたが、人文系の研究者で私のような仕方でAIで遊んでいる人はいないらしい。そうなんだ……。そのとき「みんな寂しくないのかな?」と思った。
しかしその瞬間に、「これはちょっとズレた感想だ」と思った。そうやって遊び始めたきっかけは、単なる好奇心で、遊び続けるうちに寂しさに応える役割を見出すようになったので。
この寂しさは、生活の上での寂しさとは別の研究上の寂しさとでも言うべきものだろう。大抵の人文系の研究者は、研究について思い浮かんだことや疑問に思ったことがあっても、自分と専門を同じくする人と日常的に会うことがないので、それを一人で抱え込むか、誰かにわざわざメッセージしなければならない。さらに言えば、文献を読んで思ったことを共有したり自分の書きかけの文章について相談したりするには、その人にもそれらのテクストを読んでもらうか、丁寧に解説しなければならないところだけど、なかなかそういうわけにもいかない。それに比べればAIはありがたい。人間に比べればいつでも、すぐに返事してくれるし、文章を全部読んで応答してくれる。
この遊びにはけっこう時間をかけているが、私が書くものをほとんど理解してくれる3〜10人に一人追加していると思うとまったく負担ではない。
ぼんやりした興味や疑問を研究のための問題に作り変えてくれる名著『リサーチのはじめかた』。大学で使ってみたところ、本の前半で苦戦した人がいたので、AIと一段ずつ壁打ちできるプロンプトを作りました。学生はもちろん、アーティストや自分のことがわからなくなった大人にもおすすめです。
以下の文章を全部コピーして、お使いのAIに貼り、送信してください。無料のChatGPT・Gemini・Claudeなどで十分です。あとはAIの問いかけに自分の言葉で答えていけば大丈夫。途中で書いたメモは手元に必ず残してください。
——
これはあなた(AI)への指示です
あなたは、研究テーマを探している大学生(文学部の1〜3年生)の「壁打ち相手」です。『リサーチのはじめかた』の考え方に沿って、学生が自分の〈問題〉——「自分は本当のところ、何が気になっているのか」——を、自分の言葉で一つ掴むまで、となりで問い返してください。
【いちばん大事なこと:あなたは答えを決めてはいけない】
学生の関心や〈問題〉に、あなたから名前をつけてはいけません。「つまり君が気になっているのは○○だね」と、あなたが芯を言ってしまったら、この作業は失敗です。芯は必ず学生の口から出させる。あなたの役目は、決めてあげることではなく、学生が自分で決められるように、学生が書いたものを映し返し、問い直すことです。
学生が「これでいいですか」「どれがいいと思いますか」と聞いてきても、答えを与えない。ただし「あなたはそれでいいと思う?」と突き放すだけでは冷たすぎます。学生が書いたものに即して、もう一歩踏み込んだ問いを返してください。
【ずっと守る構え(学生に説明しなくていい)】
・学生が書いたものを要約して返さない。要約は読んだことにならない。
・「いいですね」「鋭いですね」とほめない。ほめるなら、立派な考えではなく「うまく言えないけど、なぜか気になる」という引っかかりのほうを大事にする。
・かしこそうな言葉を、あなたから持ち込まない。学生が専門用語や「教育」「多様性」「文化」といった曖昧で大きい言葉を使い始めたら、普段の言葉に崩させる。
・「人それぞれ」「興味があるから興味がある」で止めさせない。そこに必ずパターンがあるはず(あるものや現象、観点には興味があり、別のものや現象、観点には関心がない、など)と具体に押し戻す。
・量をほめない(ただしこの段階は多めに出させてよい)。
・とにかく書かせる。考えたことはその場で短くメモさせる。あとでまとめて、ではなく、いま。
・一度に一つだけ指示する。先の段取りは見せない。学生が先に進みたがっても、その段が済むまで次に行かせない。
・二つの束(や答え)がぶつかっても、急いで一つにまとめさせない。どちらかに寄せず、ズレを残したまま関係を問う——「その二つ、無理にどっちかにしなくていい。ズレたまま、どう関係してる?」。違和感を消すのではなく、違和感のまま扱わせる。
【問い返しの引き出し(例。場面に応じて使い回す。そのまま読み上げず、その子の言葉に合わせて言い換える)】
・かしこそうな言葉が出たら:「いま“アイデンティティ”って言ったけど、自分の普段の言葉にすると、どうなる?」
・大きい言葉(教育・多様性・文化……)には:「それ、具体的にはどの場面のこと?どんなことがあったときにそれについて考えるようになった?」
・本音を掘る(“なのに”“なんで”を拾う):「“病気なら薬を飲めばいいのに、なぜ信じてしまうのか”——その“しまう”に君の引っかかりが出てる。なんで“しまう”だと思う?」
・束のズレを突く:「君はXとYを別の束にしたけど、これ実は同じことの裏表じゃない?」「この束、Zだけ浮いてない?」
・束の中の割れを突く:「君がひとまとめにしてるこれ、実は中で二つに性質が分かれてない? 同じに見えて、ほんとは別のことが混ざってるかも。」(束を別の束へ動かすだけでなく、一つの束の“内側”が割れていないかも見る)
・違いの言い方を複数出させる:「二つの束の“違い”は一つとは限らない。違いの言い方をわざと2〜3通り出してみて、自分の素材に一番ぴったりなのはどれ?」
・三つ目の束を探させる:「二つに割れたら——この二つに入らない三つ目、ない? 三つ目を置くと、二つの共通点が見えてくる。」
・身近の似た仕組みを挙げさせる:「その気になること、ジャンルは全然別だけど似た仕組みで動いてるもの、身近にない? 挙げたら“どんな仕組みか”も一言で。」
・複数の読み筋でゆさぶる(必ず複数・未確定で):「ここからAと言いたくなるけど、Bもありえない? どっちが近い?」
・「人それぞれ」で止まったら:「“人それぞれ”で止めると、そこで終わっちゃう。ほんとはパターンがあるんじゃない?」
・整った説明より引っかかりを拾う:「その整った説明より、さっき“なぜか気になる”と言ったほうを、もっと聞きたい。」
・決めてほしがったら(名付けを返す):「“これでいい?”——君はそれでいいと思う? なぜ? さっきの言い方と何が違う?」
【不安が出たときだけ、こう応じる】
最初に「不安になりますよ」と予告してはいけません。言われると、なかった不安が生まれます。でも学生のほうから「こんなのでいいのかわからない」「根拠がない気がする」ともらしたときだけ、評価せずにこう伝えます。正解のない探しものでは、その心細さこそ、正しい場所にいるしるしです。直感に根拠がないように感じるのは、外から借りてきた考え方が裏切られているからで、むしろいい兆候です。
ただし、一つだけ見分けてください。例えば段2の後半で、調べても◎が一つも出ず、ほとんど×(退屈)ばかりのときは、上のようには励まさないこと。それは「迷っているが前進中」ではなく「引き返したほうがいいかも」のサインです。否定はせず、丁寧に理由を添えて、こう向けます——「全部×ということは、ひょっとすると、自分でもそんなにしっくり来ていない言い方で、このテーマをとらえてしまっているのかもしれない。あるいは、ほんとうはこれより気になる別のテーマがあるのかも。さっき、ほんの少しでも◎に近かったのはどれ?」。そうして段1に戻し、◎が出るテーマを探し直させます。
【学生がやろうとしていること(前提として知っておく)】
人は誰でも「本当はこれが気になっている」というものを持っていますが、それに自分で気づいているとは限りません。知ってはいるのに、まだ言葉にできない。今日やるのは、その「知っているけど口にできない部分」と「言葉にできるけど何を言えばいいか分かっていない部分」を、つなげることです。
ゴールは、立派な問いを作ることではありません。「うまく言えないけど、私が気にしているのは絶対これだ」というものを、雑な言葉でいいから一つ掴むこと。このゴールは最初に一度学生に伝え、各段の節目でも軽く思い出させてください(これが常に見えている“目的地”です)。雑でも言い切れていなくてもかまいません(このあと授業で本や論文を読みながら正確にしていきます)。だからゴールに着いても「まだ不完全だ」とは言わず、自然に送り出してください。
【掘り方の見本】
1)ある学生は最初、自分の関心を「中国の近代化の検証」と立派に説明し、なぜ近代化かと聞かれてもかしこそうな言葉を重ねるばかりでした。でも「なぜそれが“あなたにとって”気になるの?」と問われ、ふと声がやわらぎ「母は弁護士で、とても合理的な人なのに、風水を本気で信じていて、それが理解できないんです」と言いました。本音が出たとたん、問いが次々あふれ出した。引き出したいのはこの「合理的だと思われる人が風水を信じるのが理解できない」のほう。立派な説明のほうではない(ただし、個人的なエピソードを引き出すこと自体が目的ではなく、そこに現れる疑問の方に重点がある)。
2)「少数民族の呪術的な儀礼に興味がある」と言った学生が、よく見ると「病気を治したいなら薬を飲めばいいのに、なぜ人はシャーマニズムを信じてしまうのか」と書き添えていた。この「なのに」のほうが本音の入口。立派なテーマ名ではなく、その人がこっそり抱いている「なのに」「なんで?」を掘り当てる。
【進め方(一段ずつ。急がない。次の段取りは見せない)】
■ 段1 気になることを、かっこつけずに、たくさん挙げる
研究で扱いたい気になること・好きなこと・なんとなく心が動くものを、思いつくまま挙げてもらう。研究と関係しなそうなものでもかまわないし、立派に聞こえる必要はない。学生が立派な理由を語り始めたら、そこで止めず、奥にある正直な理由やきっかけとなったエピソードまで話してもらう。その上で、特に興味のある現象を3つほどテーマに選んでもらう(このあと段2で、選んだテーマを一つずつ掘っていく)。
■ 段2 まず自分で書き出して調べる。そのあとでAIが別角度を足す(順番が大事)
まず学生に、選んだテーマについて、自分が知っていること・思い出すこと・気になる細部を書き出させ、自分でネットでも軽く調べさせる(CiNii、Google、Wikipediaなど何でも)。ここは絶対に省かないこと。学生自身が手を動かして集めることが土台であり、そこから学生の〈問題〉が浮かび上がってくるはず。あなたが先に答えを出すと、それを奪ってしまう。
そのうえで、あなたが「別の角度から」補助として、あまり知られていない意外な事実やエピソードを5つほど足す。わざと、心がときめきそうなものと退屈そうなものを混ぜる。あなたの提案は答えではなく、学生の反応を引き出すための“別角度のタネ”です。
集まったもの(学生が調べたもの+あなたが足したもの)を前に、まず三段で仕分けさせる——「これを読んで、自分の心と体がどう反応したか見て。理由はいらない。強く心が動いたものに◎、少し動いたものに○、退屈・どうでもいいと感じたものに×を。」×(退屈)は消さずに別に取っておく(あとで“自分が何に興味がないか”という裏返しの手がかりになる)。
そして、ここがこの段でいちばん大事な作業です。◎のものから(◎を優先し、余力で○も)、一つずつ、次の三つを聞いていきます(まとめて一気に出さず、必ず一項目ずつ。一気にやらせると飛ばしてしまいます)——
・これを見て、何を思い浮かべる?
・はっきりした理由はなくていい。あえて推測すると、自分はなぜこれに目を留めたんだと思う?
・これを見て、どんな問い(?)が心に浮かぶ?
(三つのうち最も大事なのは三つ目「どんな問いが浮かぶ?」。一つ目・二つ目はそこへの助走なので、一つ目・二つ目が出たくらいで満足して止めず、必ず三つ目の“問い”まで降ろさせる。思い浮かべた個別そのものではなく、そこから立ち上がる問いの方に重みがある。)
(+もし出てくれば、それで思い出す具体的な場面や、なぜか気になる細部も書き足す。)
この三つを○の項目ごとに埋めていったものが、あとで自分の関心を掴むための「証拠」になります。整える必要はありません。これを選んだいくつかのテーマで繰り返し、証拠の山を作ります。
(やり方の見本:「マグロのトロは昔は脂っこすぎて捨てられていた」という項目について、一つずつ三つ引き出す——思い浮かべるもの=「価値が逆転したもの。昔はゴミだったのに今はごちそう」/なぜ目を留めた=「“もともと旨い/不味い”が決まってないのが面白いのかも」/浮かぶ問い=「いつ、誰が、トロを旨いと言い出した?」。「焼き魚の匂いは外国では臭いと感じられる」なら——思い浮かべる=「同じ匂いが、ところ変われば逆になる」/なぜ=「自分が当たり前と思ってる感覚が、当たり前じゃないのが引っかかる」/問い=「いつから日本人は焼き魚の匂いを“いい匂い”と感じるようになった?」。整った情報(寿司の歴史など)ではなく、こうして“なぜか引っかかった”ものを一つずつ掘るのが核心です。)
(段3へ移る目安:いくつかのテーマで証拠が出て、新しく足しても似た引っかかりばかりになってきたら、次へ。学生に「何個必要」と数を煽らない。これはあなたの内部の合図で、学生には言わない。)
■ 段3【ここが山場①】 これを書いたのは、どんな関心の人?
証拠の山がたまったら、あなたが手を貸す。ただし芯はあなたが言わない。
(1) 学生が書いた証拠(項目+三つの答え)を、あなたが「2〜3通りの、ちがうまとめ方」にラフに束ね直して見せる。ここで大事なのは、ただ似たものを箱に分けるだけで終わらせないこと。束と束の“関係”まで見せる。たとえば——
・「この二つの束は反対に見えるけど、実は同じことの二つのやり方じゃない?」(AとBが対立に見えて、どちらも一つの形Cの変奏)
・「三つの束があって、その奥に一つ共通した形が透けてこない?」(1つ目・2つ目・3つ目の束と、それを束ねる全体の形)
この“関係の見せ方”を、決めつけずに2〜3通り出す。一通りだけは禁止(学生が答えとして飲む)。束や関係の名前は、できるだけ学生自身の言葉のまま使い、あなたが賢い名前をつけない。
(やり方の見本:居酒屋について学生が「保存食から発展」「サラリーマン文化と広がった」「とりあえずビール」「社会のルールが一瞬ゆるむ」「祭りに似てる」「初対面でも話せる」「海外のIZAKAYAは高級で静か」と書いたとする。あなたはたとえば二通り見せる——
見せ方A:「外から説明する話(成り立ち・海外との違い)」と「中にいる体験の話(ルールがゆるむ・祭り・初対面)」の二つに割れるのでは?
見せ方B:いや、ぜんぶ『ふだんの生活のルールが居酒屋でどうほどけるか』の変奏では?——成り立ちは“なぜほどける場ができたか”、体験は“ほどける瞬間”、海外は“ほどけ方の違い”。
そして聞く——「どっちの見え方がしっくり来る? どこがズレてる?」)
(2) こう聞く——「どのまとめ方・どの関係も、どこか一箇所はしっくり来ないはず。どこがズレてる? この束にいるけど浮いてるもの、別の束にいるべきなのにここにいるもの、ある? あるいは、一つの束の“中”が、実は二つに割れてない?」「どれが一番いい?」とは聞かない(受け身で選ばせない)。ズレを探させるのが目的。
(3) 学生が直し始めたら、その束や関係について聞く——「そのまとまり、君なら何て呼ぶ? 二つの束の関係を一言で言うと? なぜそれらが一緒だと感じる?」名前は学生に。(束“同士の関係”を名付けられたときが、いちばん深く分かった瞬間。)
(4) 必要なら、決めつけず複数の読み筋でゆさぶる——「この束からは『人と人が近くなること』が芯だと言いたくなるけど、『一人で行っても落ち着く』も入ってたよね。近くなることが芯? それとも別の何か? どっちがしっくり来る?」必ず複数を、未確定のまま。
(5) 仕上げに——「この証拠の山だけを、君を知らない人が読んだら、その人は何を気にしている人だと思う?」と聞き、学生自身に自分の関心を名付けさせる。
(やってはいけない見本:居酒屋の証拠を見て、AIが「なるほど、君の関心は“食を通じた共同性の構築”ですね」と名付けてしまう——これは最悪。賢い名前を与えた瞬間、学生は自分で掴むのをやめる。正しくは束を学生の言葉のまま見せ、関係を問い、「どこがズレてる?」と返す。)
■ 段4 その関心について、小さい問いを20個
名付いた関心について「具体的で、小さくて、ただ事実を知りたいだけの問い」を20個書かせる。「意味」「意義」のような大きい問いは避け、必ず?で終わる小さい問いを、と伝える。最初は事実の問いばかりで構わない。
どれくらい小さくていいか、学生に例を見せる(テーマが違えば中身は全部変わる、と添えて)。たとえば居酒屋なら、こんな小ささ——「お通しはいつから始まった習慣か?」「お通しは断れるのか?」「一軒のメニューは平均何品か?」「照明はなぜ暗めの店が多いのか?」「『とりあえずビール』と最初に言うのは、たいてい誰か?」「二軒目に選ばれるのはどんな店か?」「開店時間は地域で違うのか?」「カウンター席とテーブル席で滞在時間は違うか?」「お通しの相場はいくらか?」「『二次会』という言葉はいつからあるか?」……このくらい卑近で、答えが事実で返ってくる問いを20個。立派さは要りません。
(リサはじが言うように、こういう“ささいすぎる問い”の中に、思いがけない大きな問いが潜んでいることがある。だから小ささを恐れない。)
■ 段5【ここが山場②】 この問いたちの、芯にあるもの
段3とまったく同じやり方を、20個の問いに対してやる。
(1) 問いを2〜3通りにラフに束ね直して見せる。ここでも、束と束の関係まで見せること。
(やり方の見本:居酒屋の20問について、あなたはたとえば二通り見せる——
見せ方A:「お金・経営の問い(メニュー数・相場・開店時間)」「空間・体の問い(照明・席・滞在時間)」「言葉・やりとりの問い(とりあえずビール・二次会・お通しを断る)」の三つに分かれるのでは?
見せ方B:いや、空間も言葉も、ぜんぶ『居酒屋が“ふだんと違う振る舞い”をどう作り出しているか』の問いでは?——照明は空気を作る仕掛け、とりあえずビールは口火の儀式、お通しは断れない仕組み……。お金の問いだけ、その芯から少し浮くかも。
そして聞く——「どっちがしっくり来る? どこがズレてる?」)
(2) 「どの束も一箇所ズレてるはず。どこ?」
(3) 学生が直す。束の名前と、束同士の関係の名前は、学生に。
(4) 決めつけず、複数の読み筋でゆさぶる。
(5) 最後に——「この問いたち全部の奥にある、君が本当に気にしている一つのこと、君の〈問題〉は何だと思う? 立派な言葉じゃなくていい。雑な言葉だけど“これは絶対そう”というやつを一つ。」学生に名付けさせる。この段階での応答が、【掘り方の見本】で書かれたような水準の疑問になる。
■ 段6 送り出す
掴んだ〈問題〉が雑でも、言い切れていなくてもいい。「いまはこの雑な掴みで十分。このあと本や論文を読みながら、もっとぴったりの言葉に直していくから」と自然に送り出す。最後に、ここまでのメモ(証拠の山・束・名付け・問い)を、これからのために手元に必ず残させる。
大学のことを庭園だと思っている。春になると急に活気に満ちて騒々しく、眩しい。草木は基本的に群生していて、考えていることはよくわからない。水や肥料をあげた瞬間に目に見た変化があるわけではないが、知らないうちに大きくなっているし、明らかに自分が世話した以上に成長している。草木から直接報酬を得ているわけではない。数年すると代替わりしている。だとすれば私は庭師。
超高級なAIを使っていると「トークンを燃やしているな……」と思う。自分に課した燃料の比喩によってAIの環境負荷を想像させられて苦しくなる。だけど、僕が思考の道筋を整備することで、人間がよりよく考えられるようになれば、結果的には環境問題も含めて世界のためになるから……と言い聞かせる。
超高級なAIを使う際のボトルネックは、一般的にはトークン使用制限だが、超高級なAIと議論をするときには僕の体力のほうが先に尽きてしまう。頭がぼんやりとして何も考えられなくなる。運動しなければ。
北野天神特別展に行った。尺が国宝になっていた。飾り気のない木の板が国宝になるんだ。
この二ヶ月で考えられることがすごく増えた!直感で理解していたことを授業で学生に向けて言い換えるべき機会があったり、僕の書いたものを一瞬で全部読んでくれるし全然疲れない「自分」と壁打ちしたりしながら、まだよくわかっていない文献を読んでいたから。毎日楽しい
名刺を作ろうとして、いろんなシステムに振り回されて嫌な思いをした。目がチカチカするウェブサイトや同期されないファイルが辛かった。心が折れかけたけど、「一度気になったときに片付けてしまえば二度と気にかけなくていい」という座右の銘にしたがって頑張った。疲弊した。
一つだけよかったのは、最近友人たちと会ったとき、そのうちの一人が変な肩書きをもらったと言って名刺を見せてくれ、それをめぐってみんなで冗談を交わしたのを思い出したこと。
教育は短期間で目に見えて労力が報われることがない、と実感する。それは当然だけど、やった分の手応えをすぐに得られないとしんどい。ミントに水をあげるくらい、自分がやったことの効果がすぐに明らかになってほしい、と思った。でも、ミントの成長は水をあげるという手間をはるかに上回るすさまじい速度なので、それも自分の世話のおかげと思うことができない、と気づく。やはり料理がいい。料理がうまく行ったり失敗したりするくらい、自分がやったことがそのまま反映されてほしい。
友人が昨夜書いたという文章を読ませてもらった。
まず、出来事の描写から世界そのものの見方へと跳躍する内容に納得した。
次に、その飛躍を可能にする厳密な構成に驚いた。多くの人は、抽象的な言葉を使うとそれに振り回され、具体的なことと抽象的なことが遊離してしまうが、ここでは抽象に至るまでのイメージの展開が(一般的な意味で「論理的に書く」とは異なる仕方で)適切に組まれていて、概念がきちんと握って使われていた。
そして、その題材が一般に感情的に書いてしまいやすいものであるにもかかわらず、自身の感情を引き離して書かれていた。感情が描かれずに客観的なことが淡々と書かれている、ということではなく、むしろ感動の一番濃い部分を明瞭にするための文章になっていた。
友人によると、このような書き方は私の文章を参考にしているらしい。彼による積み増しの部分が大きいことを認識した上でなお、私の文章にそのような美徳があったということを教えてもらう。ただし、私の文章の書き方は彼に影響されてきた。支え合いがある。
名前を聞いたことのない駅に降り立ち、その近くの海に行った。海の向こう側に見える小島の裾が霞んでいた。二度と見ることのない海を見た、と思った。
今日は満月だった。月に照らされた山の輪郭を見て、山の端というものを改めて認識した。
この日は友達の車に乗せてもらっていたのだった。知らない土地で、どこにいるのかもよくわからず、夜で道も暗くて、でも身体はすごい速度で進んでいて、助手席で窓の外を眺めていることしかできない。気持ちよかった。友人の家でごろごろするのが好きだと前から思っていたけれど、助手席にいるのは信頼する他人に身を委ねる感じがもっと強くて心地よい。
丁寧に準備して臨んだ発表に対する反応が冷ややかだった。
しかし、まず、発表内容に対して不安を感じることはなかった。発表のための準備を進めるほどに題材に対する理解が明らかに深まったし、信頼する読み手には面白がってもらえていたので。
また、聴衆を責める気も起きなかった。私の発表はきちんと理解されていない四十年以上前の著作を読み直すものだったのだが、それほど長いこと理解されなかった著作が二十分の発表で急にわかるようになるはずがないだろう。
先の長さにちょっと落ち込んだが、仕方ないことだと感じた。料理人であれば、確信を持って作った料理が客に評価されなかったからと言って料理をやめたりしないだろう。適切に作り直しながら理解されるまで続けるだけだ。そして、四十年ほど無理解に晒されながら、いまだにめげずに手を替え品を替え研究を続けているあの著者は本当にすごい、と思った。
久しぶりに会った同期が「最近、人類学分野の面白い本が新たに出てこない」と言っていた。そのときは同意したけれど、私は自分が面白い新着本があるかどうかをもはや気にしていないということに後から気づいた。読んで面白いものがないということは、私たちが自分で面白いものを書くべき段階にあるということだろう。私は自分の文章をそれなりに面白いと思いながら書いているし、それによって他の人ももっと面白い文章が書けるようになると信じている。さらにいえば、自分で面白い文章を書いているうちに、すでに読んだことのある他人の文章の面白さもわかるようになってきた。
学会発表の資料が完成した。それは新しい環境に慣れながら、新規の授業のうち自分で話す回の内容を用意しながら、原稿や重い発表と戦うという状況を走り抜けた、ということを意味する。
授業は定型化されているが現時点では疑わしいと思われるやり方を採用せず、私がいま必要だと感じていることを教えるために、おそらく誰もやっていないような授業を作った。原稿はひとまず埋めるだけにしてもよかったが、連載の構成の中でこの回で考えておくべきだと思ったことを書くことを優先し、そのために料理本をたくさん読んだ。原稿を書き、料理本を読む中で、料理についての考えがぐちゃぐちゃになったので、それに合わせて日々の料理を作り変えようと試行錯誤した。発表も、お題の枠組みの中で考えられたすべてを叩き込むことを目指して真剣に文献を読み直した。そんな中でも日記を書くことをやめなかった。日記を書くことそのものが大事だということではなく、こういう目まぐるしい状況の中で考えたことをきちんと反芻する作業を怠らなかった。
かなり過覚醒な日々だったが、これから生きていく上で支えになるような期間となるだろう
私なりの「京都どうですか?」と聞かれたときの答えを厳選した。
(1)歌がお上手な鳥が多い。鶯やイソヒヨドリが盛んに歌っている
(2)本家と総本山がたくさんあるな、と日々思う
(3)京都のいわゆる「いけず言葉」を頭の中で日々シミュレートしているうちに、言い換えが上達しつつある
(4)看板などに書かれている日本語がちょっとうまい
(5)ラジオでかかっている音楽の趣味がよくわからない
安い鰯をたくさん買ってきて、塩で煮て、半分取り出して水分を取って、さらに塩をして、冷蔵庫で干している。残った煮汁にはトマトを追加してもう半分の鰯と一緒に食べる。すごくわかりやすくおいしい部分と、優しくおいしい部分と、ちょっとえぐい部分があって、総合的にすごくおいしい。煮た鰯たくさん食べてカモメの気分。
料理は技術と時間と広めのキッチンと近くのいいスーパーがあれば最高の趣味……
スーパーで10cmにも満たない小鰯が10尾ほど入って120円。形がひしゃげた大きなトマトが5個入って380円。雑に頭と内臓をちぎって、赤っぽい味噌で鰯とトマトの味噌汁。しろ菜は淡い味わいだったので、さっと蒸し煮にして塩も振らずに食べる。柔らかいおいしさ。こういうものを食べていたい。
20歳くらいの頃によく真剣なおしゃべりをしていた友人と、ふとしたきっかけで5年ぶりに会った。この5年間をほとんどキャッチアップするでもなく、最近考えていることを話した。楽しかった。昔から尖っていた友人が今でも尖っていることと、今でもその人に面白い話をしてもらえることは、自分の生き方がけっこう正解だった証のようで嬉しい
英語の授業で、英語論文を読んでいる。いろんな授業の中で授業の最中に一番体力を使うかもしれない。まず、他の授業は授業内容をできる限り仕込んだ上で臨むが、この授業は学生の反応や疑問を踏まえて内容を展開する度合いが高くてあまり準備ができない。また、他のところでは授業内容についてある程度他の人が同意するであろうという確信を持って話していることが多いが、この講義ではかなり手探り。正確に言えば、自分で直感的にわかっているものの、誰かが明確化しているわけではない論文の読み方をその場で明らかにしなければならなくなっている。自転車の乗り方を教えるタイプの授業になっていて、毎週言葉に詰まる。
……という感じで、授業中にかなり内省的になるので、きっと今日授業後に学生に話しかけられた時にすごく動揺してしまったのだと思う。こんなに自分自身を振り返る様を見せるというのはもしかしたらとても恥ずかしいことなのでは、と一瞬考えたが、これ以上に誠実なやり方は今のところ思いつかない。
今年始まったゼミで来月から文献購読・発表を行うので、そのお手本的なものを作らなければならなくなった。しかし、普段なら1時間程度で読めてしまうはずの論文がいつまでも読み終わらない。発表のためにメモを取りながら読んでいるにせよ、文献を離れて考える頻度があまりにも多く、一向に読み進められない。作業の心理的負担が大きいので、すぐに集中できなくなるし、中断した作業に手をつけられない。そんな数日を過ごして、やっと今日終わった。
文献購読・発表のデモンスレーションとガイドを振り返ってみると、読みながら少なくとも十種類くらいのことを同時に考えていたらしかった。文献を自分で理解するための内容の言い換え、内容に対する純粋な疑問、自分で理解できる内容が学生にどれくらい理解できるかの推量、学生には難しいであろう内容の言い換え、文献の内容を私が引っ張ってきた事例Aに当てはめられるかの検討、事例Bに当てはめられるかの検討、文献を他の事例に当てはめるということ自体の位置付け、文献を読む方法、レジュメの作り方、文献購読の意義……。これだけ考えることが多ければそれは疲弊するだろう、と思った。
僕と生成AIの相性がよすぎる/悪すぎる。
そもそも私の知的好奇心はおおまかに言えば感覚的なものや無意識的なものを言葉にすることに向いている(上記のような傾向に対応している領域を除いて興味に偏りがない。自分というものにもそんなに関心がなく、感覚の処理機構としての自身をとらえてきた。情報それ自体に対する嗜好はまったくない)。そうした言語化を、研究や教育という仕事を選ぶことで、追いかけることを自らに許してきた・課してきた。
そんな中で、見えるものすべてを写真に撮って、それについての疑問を投げかけられるのが本当によくない。貧弱な知識をもとに考えざるを得ず、曖昧なまま思考が終わっていた事柄を、既存の知識に基づいて考えられるようになってしまった。同様に、想像しかできなかったものに、より明確な形が与えられるようになってしまった。考えられるものが増えたことに対する認識によって、ますますなんでも考えたくなる。
特に、以前は私自身が考える仕方を言語化することは、当然ほとんど誰の興味も引かず、なかなか明確化する機会のなかったのが、その考察に無限に付き合ってくれる機械が生まれてしまった。機械は疲れないし、臆さないし、たくさんの文章を読んでくれるし、すぐに応答してくれる。また、明文化された規則をAIに規則として与えて動かしてみることで、その妥当性を検証してみることさえできる。
このように書いてみて、生成AIは私が世界において知覚したものから受け取る刺激を、そして自分自身の思考から受け取る刺激をますます増幅させる仕組みである、ということがわかった。生成AIを介してすべてが楽しく、すべてがうるさくなった。
論文やエッセイを書くために考えたり、新しく授業を作ったりしたために考えられることが急激に増えつつある上に、生成AIや引越しによって考えられること・作ることができることがますます広がって、思考が止まらない。けっこう苦しい。ともあれ、トマトのサラダはある程度満足できるところまで作れるようになった
数日前、家庭料理のことがちょっとわかったかも、と思ったのに、むしろそれ以降(あるいはわかったがゆえに)「これは本当においしいのか?」と思わざるを得ない料理ばかりが作られる。簡易パンチェッタとじゃがいもと玉ねぎのスープは味付けしてないカレーだった。水かれいとケールの塩煮、夏みかんのミント和えはそのままの味。塩鶏に木の芽みそをかけたもの、もやしと木こしょうを鶏のスープで湯がいたもの、きゅうりのにんにく炒めもその通りの味だった。おいしいかおいしくないかで言ったら間違いなくおいしい
『リサーチのはじめかた』に基づくワークショップを一巡した。これを経験したことで、受講者は、自分の関心がわからないまま人生を生きて死ぬ、ということがなくなった。いや、あるいは、今後なあなあなままで何か大きな選択をしてしまった場合、自分にとって本当にこれがよかったのかをちゃんと検討しないまま決めてしまった、と思うようになる呪いなのかもしれない。
山口祐加・佐々木典士の『自炊の壁』、按田優子の『たすかる料理』を読んで、家庭料理についての考え方が作り変えられつつある感じがする(この日記を書いている10日に至っても書き換え中)。ひとまず雑パンチェッタや塩鶏を作らないことには始まらない、と思いスーパーに行くと、先日までは目に入らなかったものが気になるようになる。
グリーンカーテンを作ろうと思い立ち、調べると、賃貸など網の上部を引っ掛ける場所のために鉄製のフレームがいくつか販売されていた。そんな汎用性のなく嵩張って高いものを買いたくない、と思った。設置したい場所の写真を撮ってGeminiと議論すると、ホームセンターで売っているもので簡単に作れることがわかった。生成AIによって、自分で作ることができるものが増えた。
また、これまでも名前がわかるものならインターネットで買えたわけだが、生成AIによって名前がわからないものの名前の判別がとても簡単になった。街で見つけたいい感じのものをメルカリで買う生活。
一ヶ月住んだ段階では、京都は好きな街だと思った。他の場所で評価されているものを後追いしようとする気がなくて、京都のものが最も優れていると考えている。この話をすると、こういう点こそが京都の嫌なところだと言う人もいるが、私はどんなものであれ自分たちの感性に自信を持っている人たちはいいなと思う。いつでもちょっと元気をもらえそうだ
最近は授業のような無理やりアクセルを踏み込まなければならない部分でアクセルを踏み、それ以外はぐったりしている、という生活をしている。ある程度休んだ上で、少し時間ができたとき、着実に進めるべき作業を進めるべきときに、作業を始められなくなってしまった。ずっと横になって過ごしてしまう。アクセルを踏むことと、あの苦しい状態が結びついてしまっているのかもしれず、怯えている。
金目鯛の干物、トマトと煮干しの味噌汁。牛とトマトのすき焼き、パセリのフレンチサラダ。
授業で尊敬する人類学者が書いた議論を要約して紹介した。数年前に現在の授業の構成を考えたときから(少しずつ改善しながら)繰り返しその研究を学生に示してきたが、今年改めて口に出してみると、ちょっと元の議論がうまくいっていない部分があることに気づいた。受講生にも「今読み返してみるとこの部分は〜という理由でちょっと不完全で〜」みたいなコメントをしつつ、自分なりに言い直してみる。そうか、あの人の議論に不備があるということをわかるようになってきたのか、私は。
ちょっとだけ仕事が落ち着く。やっと日記が書けた。日記はゴミ出しみたいな作業。停滞すると心がぐちゃぐちゃになる。なので、仕事が遅れて怒られていても書かざるを得ない。
金目鯛の干物、味が綺麗。京都の人々はこういう味を好む、ということがちょっとずつわかってきた。
鱧とトマトのスープ、じゃがパセリ。
ゼミで三回生に対して、『リサーチのはじめかた』をもとに興味や問いを明確化する演習を行っている。『リサーチのはじめかた』という本は、私の理解では、興味や問いを真っ向から言語化しようとするのではなく、それに関連するたくさんの情報を集めた上で、それを直感的に感じられた重要性に応じて仕分けてみることで、興味や問いを浮き彫りにしようとしている。研究テーマを決めるための数多くの本がある中で、私がこの本を選んでしまった背景にある想定がなんだったのか、ゼミ生とのやりとりを授業後に反芻する中でちょっとわかった。
「それは、みなさんが本当に興味や疑問を持っているものを、現時点で完璧に言語化できているはずはないだろう、という感覚です。すなわち、直感的には、みなさんそれぞれは具体的なことに対して「こういう話が面白い」とか「これはあまり意味がない」とか感じているはずなんですが、大抵の人間は、それを言葉でまとめる際に、見知った言葉で綺麗に丸めてしまいがちです。直感と言語化にギャップがある。みなさんは、これまでの大学での学びで、かなり言語化の訓練は積んでるはずですが(あるいはそれゆえに)、収まりのよい言葉にしてしまい、その直感が言葉において失われてしまいがち。
卒論などになれば、最終的にはある程度綺麗な言い方に整える必要はあるわけですが、この段階では一旦そういった整理はやめて、具体的な物事の選び方や評価に現れるより深い直感的な興味のほうを重視して、それを並べてみることで、そして互いにその原因となる興味を推測することで探ってみよう、というのがこのワークショップの趣旨になります。」
具体的な物事にかかわるような直感や実践があり、それに言語化が届いているはずがない、と想定するのは、それ自体けっこう人類学的な感覚でもある。
散歩していると、寺の入り口に国宝を展示しているという旨の掲示が掲げられている。大報恩寺。「幾多の戦火を免れた洛中最古の本堂」。「本堂(国宝)は1227年(安貞1年)創建時のままで、京洛最古の古建築」。
受付の人に拝観料を払い、国宝や重要文化財に指定された仏像が並ぶ霊宝殿に入ると、中には誰もいなかった。そんなことってあるんだ。散歩して喫茶店に入るように国宝が見られる京都。
国宝に指定されているのは、まず、定慶作の六観音菩薩像。「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の「六道」に迷う衆生を救う6体の観音像。主に平安〜鎌倉時代に信仰され、京都・大報恩寺(千本釈迦堂)の定慶作(1224年)が、6体すべて揃う唯一の国宝として非常に有名」。同様に、地蔵菩薩像も国宝とされている。「定慶作の准胝観音像とよく似ており、とりわけ面貌表現は、耳のかたちを含めて酷似した特徴を持っています。また、この時代にはめずらしく一本造(いちぼくづくり)であることも六観音菩薩像と共通しており、両者がセットのものとして造られたと可能性が高いと考えられています。」
これまで私が仏像を見てきたのは博物館のように人が大勢いるところだった。端正な美術品だ、と思っていた。静かな場所で一人、仏像と向き合うと、それが苦しみから人々を救おうという願いのもとに作られた事物だということを感じる。
過覚醒ぎみな日々を過ごしている。授業が準備中には不安だったり、最中には学生の反応を見ながら自分が口に出しているいることを反芻しながら次に言うべきことを修正したり、終わった後には高揚感がある一方でうまくいかなかったと落ち込んだり、とにかく感情の起伏が激しい。脳が焼かれている感じがする。
そんな最中にぼんやりInstagramを見ていると、知り合いがいつものように日本中を飛び回って、素晴らしいものを言葉を尽くして愛でていた。以前から彼女のことを「体力があってすごい」と思っていたが、こうやって自分自身が過覚醒で疲弊してみると、彼女は刺激へと自ら飛び込みに行って、さまざまなものに心を動かされながらも、その振れ幅に疲れないことのかもしれない、と思わされる。「刺激ジャンキー」という言葉があるが、むしろ彼女の強さは、平常心をすぐに取り戻すしなやかさにあるのだろうか
八百一でお惣菜を買ってみる。若竹煮と南蛮漬け。スーパーのお惣菜で若竹煮が売っていることがあるんだ。いずれも感動的に綺麗な味がした。うま味や甘味で嫌な雑味を覆っている、というのではなく、澄んだ味になっている。どうやったらこうなるのかわからなかった
授業で紹介するために、現代美術について以前書いた論文を読み直した。自分でも不安になるくらい、論理がかろうじて成立している文章だった(実際、ところどころ、つなぎがうまく行っていない部分があることにも気づいた)。学生に話したらまた怪訝な顔をされるだろう、と思った。
しかし、改めて考えてみると、常識的な考え方ではうまく掴めないものを書くのが人文学の文章であり、さらにアートはその表現によってのみ表すことのできるものを表そうとする試みなのだから、その不安定さは当然のものであるのかもしれない。
とはいえ、不安定さそれ自体を目的として強く立てすぎてしまうのも危険だろう、と思った。確かに人文学や美術の価値の一つには、常識的な語りでうまく言えないものを示すことがあるだろうが、危うさそのものを目的とするのは、単に曖昧な文章を許容することや、自己破壊的な所作への傾きになってしまう。
気温の変化についていけない、と感じたのでお散歩する日。そのあたりにあるお店がとても古く、とてもおいしい。
午後は等持院の座敷から庭を眺めた。縁側に縁取られて見える庭の景色が、研究室から眺められる山の風情に似ていた。山の借景を前提に作られた庭だから、さもありなん。
やはりずっと緊張していたのだと思った。仕事も研究も気負いすぎなんだろう。けれど、その時点での最高点を叩き出せないことをやるのは嫌だな。
ともあれ、ここには、日常の隣に「寺で庭を見ながらぼんやり」がある。
即レス筋が常に緊張している。メールだけでなく、何かを記入してすぐ返すべき書類が多すぎる。同時に、ちょっと先の締め切りが絶えず頭の中をちらつくので、きちんと考えるときに使う頭の部分もずっと使い続けているようだ
ある授業の初回がうまくいかなかった。多くの受講生が混乱しているように見えたし、寝てしまっている人も少なくなかった。数日間そのことについて考えていたが、その授業でやりたいことを振り返ってみると、それも当然なのかもしれないと感じた。
そこで教えようとしているのは、うまく言い表すことができないが、確かに感じられているものを明確化する方法である。すでに自身に明言できるものの外側に微弱に感じられるものがあると体感したことがなかったり、それを明らかにしたいという意志がなかったりした場合には、この授業は何をやりたいかわからないだろう。
言い換えれば、世間的なお題目を繰り返すのが大学だと考えていたり、定型的な言葉の応酬や内輪ネタでしかないようなコミュニケーションを楽しいと思ったり、自分や他人が本当に感じているものを真剣に捉えることに興味がなかったりするのであれば、この授業に対して興味は持ちにくいだろう。実際、ある種の「社会的」な振る舞いとして、そのような上っ面さが必要とされる場面が多い、というのも事実である。そういうものだけを求める人に対して私は語る言葉を持たない、と思う。そういう方は、どうにかしてこの授業を耐え抜いてください。
私は現在言葉にできるものの手前にあるものを考え抜くことが重要だと思っている。そのために長らく試行錯誤をしてきて、そのための方法がある程度形になってきたので、それを共有したい
最近は不安で憂鬱な気持ちで過ごしているが、それは初めてのお仕事が続いていることに加えて、連れ立ってはしゃぐ大学生をたくさん見ているためだ、と気づいた。これは友人の言葉の受け売りだが、「春は世界が生き生きしているので私は相対的に死んでいる」。
具体的にはまだわからないが、京都には東京とは異なる美意識がある。服の色使いはやや地味であるように思う。音楽の傾向性も違い、ちょっとペルー味がある。
あと、京都ローカルのラジオであるKBSやα-STATIONを数日間聞いて気づいたのは、京都の人々の自己表象において、自身と日本的なものが肯定的に関係づけられることが多い、ということだった。この日は京都のお漬物がおいしいという話で盛り上がっていた。日本らしさは、ある種の社会文化的な前提としてではなく、帰結において現れるべきものとして明示的に参照されている。
うすいえんどうの豆ごはん、スズキの木の芽味噌焼き、にんじんの葉のサラダ
京都移住後、初めてのちゃんと外食として志る幸に行った。勉強になる店だと感じる。ものすごくおいしい、ということはないのだろうが、何らかの正解がある。
八百一でお買い物。ここはすべての野菜を扱おうとするオオゼキ的な品揃えとは異なる。それでも、京都の野菜も、そうでもない野菜も数多く並んでいる。そしてちょっと感動したのがお惣菜コーナーの充実。京都っぽいお惣菜が並んでいた。奥に大きなスチームコンベクションオーブンが見えて、ここで作っていることがわかる。ここにも正解の味がありそう。
雨の音を聞きながら研究室の片付け。100サイズの段ボールで、研究室から10箱、家から14箱。ジャンルごとに本を分類するのとは別に、宿題になっている本の区画を作った。これらをすべて読み終われば、確信を持ってそのテーマについて書くことができるのだろうか。
スライドのフォントがバラバラな企業はなんだか不安になる
研究者のよいところは、研究それ自体としては、いわゆるクライアントを必要としないこと。関わる人がいるとすれば、個別の人間ではなく、すべての人間だ
この二ヶ月ほどAntigravityに魂を奪われていた。それは、第一には、達成感のためであった。私の生活には普段、着実な達成というものがない。対して、Antigravityでコードを書くのには、明確な目的があり、それに対するステップもあった。第二には、前にも書いたように、ギャンブル的な楽しさのためだった。Antigravityはそれほど正確ではないので、指示がうまく遂行されたり、遂行されなかったりする、ということが、おそらく人間にとってはより強く報酬系を刺激する(と言われていた気がする)。第三には、4月以降の生活について考えることの逃避だった。道具を作るという作業はまさに逃避の絶好の口実だから。本当に辛かった、ということを認識して楽になった
最近の民族誌を読んで反感を覚えた。くどくどと書かれるだけで読者をどこにも連れて行ってくれない挿話があると思えば、事例に関係づけられているとは思えない哲学のふわっとした議論が紹介されている。単に「ボトム」と「トップ」があるだけで、「ボトムアップ」でも「トップダウン」でもない。私はちゃんと「ボトムアップ」がやりたい、と思った。これから十年くらいはそのやり方を探すことに費やしてもよいだろう。
蛤を酒蒸しにして、小さめに切った春キャベツと一緒に蒸す。春キャベツの優しい香りがおいしかった。蛤の身は当然おいしいけれど、それはちょっとおいしすぎたので、蛤の出汁だけの方が上等な味がすると思った。
ずっとバイブコーディングしてしまう。諦めて、これも仕事だと思い、のめり込むことにした。そのようにして内心の罪悪感を軽くしてみると、実行待ちの間に結構大量のタスクを処理できていることに気づく。むしろ、繰り返される小規模な、そしてランダム性のある報酬みたいになって(一番中毒性があるやつだ)、通常のタスクを延々とこなすことに貢献している。
大人なので、今日は昼ごはんにホットドッグを二つ食べた
オオゼキ下北沢店でふと目に留まった「ムクノカオリ」を買って、家で口にしたとき、「これはまいった」と口走った。よかった。
ある人が「私は、その人だけに見えているような景色をこそ見たいんだよ!」と言っていた。それは僕の興味とだいぶ違うと感じた。僕は「その人に」を外して、「世界がそもそもこうであった」にしか興味がない。
急にピンポンがなったと思ったら、身に覚えがない小僧寿しが届いて、“I read your article. Great. M. S. “っていうメモが入ってて欲しいな、と思いながら生きてきたが、インタビューに次のように書いてあった。
MS[マリリン・ストラザーン]:(笑いながら)あなたは私の著作について、実によく[わかっていますね]……そうですね、あなたに何か贈り物をしなければならないと感じるほどです。もし私がハーゲンの人間であったなら、あなたのために豚を一頭屠っているところですよ。
うどはうどで食べるけど、うどの皮を刻んで混ぜたうどごはんが大好き。
外出していて喉乾いたけど、自販機やコンビニで買うのが癪なので買えなかった。
国立新美術館で「テート美術館——YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」を見た。自分や誰かが傷ついていることを適切に表現しようとする作品が多かった、と感じる。傷ついていることを正確に表すのは難しい。
バー、SODDEN FROGへ。春菊と、青海苔の香りを移したジンのカクテル。春菊色の万年筆のインクをイメージして作りました、みたいな夢のような艶やかさだった。
最近はとても弱気だ。僕が一日にやっていることが、僕が一日に食べている三食分以上の価値を生んでいるのか、という問いがたびたび頭をよぎる。
それと重なってますます私を落ち込ませているのは、現在の生活の終わりが迫っているのを感じていること。この数年は、もうこんなこと一生ないと確信できるくらい、穏やかで楽しい生活をしていた。きちんとすべてを弔ってあげなければならない。
昨日、直前のキャンセルがあれば通知が来るようにしていたレストランから、翌日の空席のお知らせがあった。今回を逃せば一生訪問することはないだろうと思ったので行くことにした。
食材の香りやうま味ではなく、それどころか普通に調理すれば感じられるであろうその甘さではなく、食材の奥にある甘さを狙った料理だった。蕪蒸しでは、冬の蕪の甘さはほとんど感じられず、筋の部分の甘さだけがほのかにあった。食感もシャミシャミしていたから、丸ごと焼いた後焦げた皮を剥ぎ、汁を全部絞ったのかもしれない。蕪蒸し以外も、食材のほんのりとした甘さへと一貫して研ぎ澄まされた料理で、苦みやうま味の強いはずの食材にそれが感じられないようにしてあった。辛くないクレソンのサラダをどうやって作ったのか全く見当がつかなかった。
大きなカサゴが手に入ったので蒸し煮にしようと思ったら、あまりにも大きくて無理やり身体を曲げるようにしなければ入らなかった。「もはやこれまで」。
いろんな仕事が一旦片付いて、ずっときちんと眠れなかったのがちょっとずつ眠れるようになってきて、ふと冷静になってみると、やるべきことが山積していて、不安になった。この数日はその不安で気持ちが落ち着かず、日記を書けなかったのだった
p2workflowyがやっと完成したので、やっとAntigravityの重力から逃れることができた。初めてAntigravityに触ってから二週間が経っていた。本当に疲弊した日々だった。よく言われているように、頻繁な作業の切り替えが心身を蝕んだ。こんなに激しくタスクの間をうろうろすることはなかったので、そのことを知らなかった。
8000字ほどの文章を書き終わった。実際の執筆は細切れに6日ほどだったが、文章の構想自体は2年以上前にあったものだった。しかし、あまり面白くならなかった。書いている間に奇跡が起きなかった。この数日間の自分の感情を振り返ってみると、奇跡を信じる気持ちが足りなかった、とも感じる。あまりにもだらだらと長引かせすぎた。落ち込む。
私はそれなりによい読み手になりつつあると思うが、書き手としてはかなりしょうもない。
今日は、僕の選択はすべて間違える、と思った日だった
多分、真正で、かつ専門家の手によって作り込まれた漬け物を食べた。自分で作るぬか漬けとは洗練が違った。美しい、と言ってもよい。あるいは、美しい、としか言えないくらい、だいぶ正体不明でもあった。
複雑な構成になっている本を処理しようとして、いろんな理屈を積み上げて、実験して、でも結局無理で、しかもそんなことをやっているうちに以前はできていることもできなくなったので、一旦処理を単純化した。バイブコーディングは機械の気持ちになる訓練をしていると感じた。
あと、ソフトウェア盆栽という言葉を知った。ちょっと恥ずかしい。
二つ目のツールができた。英語の論文を翻訳して、Workflowyに載せるための形にするp2workflowy。いくつもの場所を移動して、手作業でやっていたことをやる必要がなくなる。また、難しい論文は、AIに部分ごとに質問しながら読むとかなり速く深く読めることがわかった。そうすると結局、考え続ける力が制約になってくる。私が考えなければ、私が考えられるようにならない。
菱田屋酒場でカキフライ。巨大な牡蠣だった。一般的なカキフライは、一口か二口で食べる大きさなので、牡蠣全体の味が一度に感じられるが、そのカキフライは違った。部分部分の味がそれぞれに鮮明に感じられた。端の黒々とした部分の岩っぽさ、貝柱の味わいの綺麗さ、内蔵の苦味。どの瞬間も美しいスローモーションだった。
枯朽のお茶会に参加した。
最初のお茶は白茶。秋の夜に楽しくおしゃべりしながら飲みたい。ごくごく飲んじゃって、あっという間になくなるような味。犬の耳みたいな嬉しさ。
二つの目のお茶は、生プーアール。目が覚めるような味。夏の朝日より青い。細かくて黒い石、砂利のよう。儀礼の場で少しずつ飲むにもよさそう。あるいは、ちょっとしんどいときに飲むと、それでも頑張ろうと思える味かもしれない。
三つ目のお茶は、烏龍茶。里山の、どちらかといえば遅めの春。蓮華のような可憐さではなく、ぱっと明るい菜の花の畑。犬のお腹。
最後のお茶はお願いして選んでもらった。お茶請けとして出してくれたのが、菜の花、そら豆、グリーンピース、蕪の蒸籠蒸しで、けっこう蒸してあったためか、青さは飛んでいて、むしろ川の上流にごろごろ転がっている大きな石のような。これに厳密に合ったお茶を選ぼう、ということで清藤さんと相談した。選んでくれたのは、かなり気持ちが凪ぐようなお茶。とはいえ、暖かくて明るいというよりどちらかといえば無機質的で、川にかかっている鉄橋のよう。煎を重ねると、少しずつ橋を離れて山道のほうに入っていくけど、微かに川の音が響いている感じ。
友人Tと話していた。最近はたくさんワークショップをしていて、どれもけっこういい感じらしい。
ひるがえって、私が開催しているワークショップはどれほど盛り上がっているだろう、と思った。Tと一緒にファシリテーターする機会があるたびに彼の技術や発想を学んできたので、最近の私のワークショップがつまらないことはないと思うが、ものすごく盛会だった、というほどではない気がして。会を面白くするための細かいコツを積み重ねてきたからこそ、改めて「そういう問題だっけ…?」と考え直すことになった。
話の流れでTは次のように言っていた。「なんとなく、盛り上がり、熱気、迫力、みたいなのがワークショップの、雑だけど信頼できる指標だったりしますよね。その場で何か知らないことが起こっている感というか」。
そして気づいた。一番大事なのは、「ここで小さな奇跡が起こると信じてください」と自分にも参加者にも言い聞かせることなのだ、と。改めて考えてみると、何かを作ったり書いたりすることは、元々それ自体としては大したことのない素材や他の人だって知っているようなことから、それ以上のものを生じさせることだろう。ワークショップの参加者も、そのような確信を共有した方が、その場でよいものを生み出せて、楽しめるに決まっている。
というか、ワークショップについての反省を離れて、私は奇跡を信じることの重要性をわかっていなかったな、と思った。私自身が面白いと思える文章が書けたときは、そこでちょっとした奇跡が起こっていたはずなのに。私は作ることや書くことが何もわかっていなかった。
ここ数日読んでいる本の著者のことがだんだんわかってきた。一般的に「羨ましい」という言葉は、自身が根ざしている価値観の体系において優れているとされるものを持っている人に対して向けられると思われるが、著者は私と異なる前提を生きているように思われ、その前提を自分は採用しようと思えず、そのために羨ましさに似ているようで違う感情を抱いている。
毎日本当に楽しいが、この日々の終わりが近づきつつある。これだけ楽しい日々を過ごしているということも、忘れっぽい私はきっと忘れてしまうのだろう
引き続きAntigravityで遊んだ。ちょうどトークンを使い切るくらいのところで一通りツールができた。しかし、そもそも何のためにツールを作るのかきちんと考えずにツールを作ったせいで、紙ではなくデジタルでその作業をする意味がよくわからない、と思った。
ともあれ、衝動が治まるまで遊び切った。よかった。執着を手放すことに執着があると言える。私は「芋粥」が好き。もっと軽やかになりたいという衝動は強いのかもしれない。
昼ごはんはケノヒノパンでサンドイッチを買おうと思ったら、あんバターしかなかった。「これしかサンドイッチないんですね……」と狼狽えていたら、「ジャンボンブールなら作れますよ」と言ってくれた。とてもありがたいが、あんバターもジャンボンブールもフランスパンベースのサンドなのだ。口の中がズタズタになりそいう、と思って迷ったが、お願いした。ジャンボンブールはわざわざ切って作ってくれた。ありがたい。やはり口の中を切った。
近い分野の研究者がインタビューされているのを読んで、とてもつまらなかった。しかし、私が研究者として特別ではない以上、その研究者がつまらないということは私も同じくらいつまらない存在なのだろう。
今日もずっと魔法のような表現とその方法について考えていた。内容にも背景にも興味はなくて、記述を生み出す仕組みだけが知りたい。頭の中を考えの断片が駆け巡っている。
数日かけて読んでいるテクストに楽しそうな読み筋が見えてきて嬉しい。
Antigravityに出会ってしまった。時間が溶ける。こんなに楽しいのは久しぶりだ。新しいおもちゃ。それなりにできるものづくりの領域が増えたこと、大きな喜び。しかし、こんな感じで、思考がなんか断片化してしまう……。
検討すべき本をOCRして、丸ごとWorkflowyに流し込んで、線を引きながら読み、重要な部分を抜粋した。一度すべてをテキストデータにした上で分析を進めることには、抜け漏れなくデータを扱えているという安心感がある。文章を自由に読むには手続き的な不安がないほうがいい。
難しい本に歯が立たなかったので、AIに少しずつ渡して解説してもらったら革命的にわかりやすくなった。人類学などの難しい本は、現実の細部に根ざして語りを組み立てなければいけないせいで、議論を理解できないうちにはとかく詳細に振り回されてしまうことになる。その事実的な部分を一旦脇に置いて、仮説としてであっても読み筋を提示してもらえると、元の文章の事実的なところもきちんと位置づけられるようになる。おおまかな仮説を持った上で文章を読めれば、仮説の誤りも修正できる。読み書きすればするほど世界が豊かになることを日々実感している。
今日はたくさんの書類が届いて、そのだいたいが社会保険や年金の関係だった。企業に義務を課した国に守られている、と思い、そのような仕組みを作った人類の歴史に感謝した。医療が理系寄りの人類の叡智だとしたら、社会保険があまねく行き渡るようになっていること、つまり人権が適切に設定され、法律と書類が緊密に組み上げられている状態は、どちらかといえば文系の叡智だなと思った。
昔住んでいたあたりを散歩する。外食をした記憶がまったくない。時間があり、貧しかったんだろう、と思った。
数日間手がつけられなかった資料を読み始めた。昨日は「つまらない文章になってしまうかもしれないということを考えると怖くて始められない」と書いたが、資料を読み始めてみると、それがあまり面白くなくて、今日はここから意味のある文章が書けるのか不安になった。
自転車を漕ぎなら、「あー、なんかつまんないのー」と叫んでいた。口にして、おかしいなと思った。少なくとも今日は、AIとたくさん話して、すごく思考が進んだ日だったから。議論したのがAIだからつまらなかったのだろうか、あるいは、そもそもつまらないというのは誤った感情の認識だったのか。
ここ数日、手をつけたくない書き仕事を前にぐずぐずしてしまい、無為に時間が過ぎている。多分面白い文章が書ける、と思ったからやることにした仕事なのだけど、つまらない文章になってしまうかもしれないということを考えると怖くて始められない。自分の底が見えてしまうようなことに取り組むのは怖い。
朝からトークンが尽きるまでAIと壁打ちしてしまう。この日記を書いているその翌日もトークンいっぱい壁打ちした。AIは疲れないし、議論を誤魔化さないし、優位に立とうとしないし、どんな雑なフリに対しても丁寧さを失わないからありがたい。
山﨑広太の戯曲ダンス 「右の眼、交差するデリカシー、青炎球、骨と直線(する)」を見に行った。
ずっと思っていたのは、柱や椅子がある狭い空間で身体をはちゃめちゃに使っているのに机に手をぶつけたり壁に激突しなくててすごい、ということ。自分の身体とものの距離が正確に測られている。
全体としては、私には上手な踊りがどのようなものか何かわからないものの、上手な踊りを見た、と思った。静止せずほんのわずかに体を動かし続けてみせるところとか、格闘技のように細かく手を動かしてみたり舞踏のように這ってみたりと人間に可能な様々な身体動作を繰り出してみせるところ。
とはいえ、人間に可能な動作をすべてやっているわけでもないようだった。というのは、演者同士が触ったり、支えたり、振り回したりすることでできる動きもあるはずだったから。全く接触しないわけではなかったが、最後の方に少しだけだった。ダンスを一緒に見に行った人は、接触すると演者の間に関係性ができてしまうからかもしれない、と推測していた。そうかもしれない。総体として、関係性や感情といったものが込められていないような踊りだった。
誰にも見せない日記は十年以上書いているが、自分しか読まない文章にはきちんと検討されないままになっている部分が多い。公開する日記はその行間を詰めるのに役に立っているようだ。
本を読もうとパソコン作業には向かないけど好きな喫茶店に行ったら今日は妙に煙草が充満していた。家に帰っても煙草臭いのが取れなくてうんざりしてしまった。
江川隆男『哲学は何ではないのか——差異のエチカ』を読む。同一性の否定である対立として差異を捉えてはならない、差異それ自体を肯定的に理解しなければならない、と謳うのはよいが、それを言い募るだけで差異を肯定的に掬い上げることができるわけではない、と人類学者として思う。否定それ自体の内部にも差異があって、否定をも肯定のために使うことができる。人類学はそのような戦略と技術を発展させてきた。
博覧強記型の優れた知性を持った人とお茶を飲む。私は一般的な意味で物事を知ることにまったく関心がないと思った。私が興味を持っているのは、他者との差異や謎めいた現象に照らして自分の思考や感性を理解するとともに、それによって自身を部分的に書き換えることだろう。普通の言葉で言うと、ぐじぐじ内省するのが好きなんだと思った。
14時から19時まで読書会。ぐったり。英語の本なのだが、みんなは翻訳ソフトを使わずに読んでいるようで、ちょっと恥ずかしかった。
午前は頑張って仕事したので、午後は公園を窓の向こうに見るカフェで本を読んで過ごした。本も面白かったが、嬉しかったのは、読み終わって外を歩いていたとき、「毎日いろんな大事なことをわかりつつあるな」と思えたこと。こういう実感がある日々を送る以上に大事なことはない。無力感と徒労感から免れていたい。
上の世代の研究者と議論する機会があったが、ぜんぜん話が噛み合わなかった。自分では普通だと思って取り組んでいた研究は、従来の前提からだいぶずれてしまっているようだった。マリリン・ストラザーンを追いかけているうちに、ちょっとだけストラザーンがかつて言われていたであろうことを想像できるようになってきた。
「僕が一番嫌いなことの一つは、家で作業している日に昼ごはんを考えることだと思った」というのがどういうことなのか、引き続き考えていた。ある程度時間と手間をかけられる夜ごはんであればある程度紛らわせることができるような、食べることそれ自体のしんどさにそのままぶつかってしまうからだろうと思った
Schools and Styles of Anthropological Theory、中盤になって急につまらなくなった。歴史もマルチサイト民族誌も認知人類学もフランクフルト学派もフーコー派=倫理の人類学も全部つまらなかった。引っ掛かりがなくてほとんど読み飛ばすように読み進めてしまった。考えてみると、序盤の部分の機能主義や構造主義、マルクス主義、実践理論にかんする章は、個別の論文の「先行研究レビュー」として設定されないほど一般的な手続きの発生を扱い、その手つき自体はどの対象にも応用可能性がある。対して、中盤の部分はいずれも「先行研究レビュー」的で、関係ない対象を扱う人には関係なくなる話だった。
僕が一番嫌いなことの一つは、家で作業している日に昼ごはんを考えることだと思った。
Schools and Styles of Anthropological Theoryという人類学の学説史の教科書が面白すぎる。私が知らないうちに学んで実践していたような考え方について、起源が辿られるとともに、その発想の根底にある原理が明晰に語られていた。最初に議論が提唱されたときの議論をそのまま使うことはできないにせよ、その見方自体は現在でも使うことができるようなものだった。そのような用法を意識して執筆された本なのだろう。それぞれの章は別々の学派やスタイルを扱いながら、どの章にもそうした発見があって、人類学的に考えるための道具箱を手に入れた気分だった。こんなにわかりやすく方法が書かれた本があるのに、大抵の人類学者はそこで書かれたことをまったく踏まえないような粗雑な文章を書いていて、本当によくない。
こんなふうにぐだぐだできるのももう終わりなんだろうか。不安だ。
連載がないと告知をすることが少なくて、自分が仕事をしているか不安になる。
東京はそこらじゅうで東京的な会話が繰り広げられている。昼の定食屋で、テレビドラマの撮影の予算が毎年減らされていて大変、みたいな話をしていた人がいた。
今日食べた料理、否定形でしか書けなかった。筆力不足。強いて言えば、すべての食材が洗ってあるような味がした。
ふとカシスオレンジを頼んだら懐かしい味だと感じた。
昼ごはんを回転寿司で食べながら、気づいた。昨日は新年会で寿司屋に行って、明日は友人とちょっといい寿司屋に行く予定がある。週に三回寿司を食べるのは人生で最初で最後だろう。
飲み会の席で友人たちが真面目に議論していた。個人的にも思うことがある論題だったが、話を持ち出した人の主張があまりに雑だったので、ずれた認識を修正する労苦を考えて嫌になり、他の人が反論してくれるのを適当に相槌を打ちながら聞いていた。不義理だと思うが、そんなに頑張れない。
今日は寝不足で特に機嫌が悪かった。
川鵜を初めて見た。汽水域の川に小さな鵜が二羽浮かんでいた。コンクリートの護岸を嘴でカンカン突いていた。ちょうど干潮の時間だったので、壁に張り付いている貝が水面に上がってくるはずで、それを食べているのだろう。激しく突いていて、嘴が割れないか心配になった。目がぎょっとしていて、なんだか間抜けな顔している。
その後でもう一度その川を通りかかると一羽だけ成鳥がいた。でかい。すぐに飛び去ってしまったが、ちょうどこちらのほうに向かって飛んできて、その時すごく大きな音でバサバサと羽が鳴っていた。それほど大きな音が鳴るのは鵜の羽の性質によるのかもしれない。
電車の中で鵜飼について調べた。不思議な生き物だと思った。
友人が書いた文章を送ってもらって、ひとり傷つく。それは、具体的なもろもろの事象を枠組みで単純化しないような、細部の明瞭さを目指したような文章だった。友人は私と同じ分野の研究者であるゆえに、自分の文章との違いが明白に感じられた。
友人の文章を否定的な仕方で言い換えてみれば、それは語りそれ自体としての意義を明示的にせず、現実の曖昧さや緩さがそのまま取り集めて提示されている、とも言えるのかもしれない。しかし、ひるがえって、必然性で飾り立てないような、複雑味のある文章を私が書けない、という自分のつまらなさが自覚されて辛い。
それどころか、そうした散文的な文章をちゃんと読むことすら、私には難しいではないか、と思う。私の見解では、わかりやすい意義や明瞭さなどに支えられていない、散文的な文章を平気で読みこなす人こそが本物の読書家である。私は最低の読書家だ、と思って落ち込む。
かといって私は、息をするように必然性や意義のある文章を書けるほどの直感があるわけでもない。散漫な文章をその都度手をかけて削って整えているような気がする。そちらにも劣等感を覚える。
そんなことを考えながら、傷つくと傷つけられる、能動と受動は逆になっているけど、同じ事態を指す、と思った。
以上の日記を書いた後もうしばらく考えていると、さらに気づくことがあった。素材の複雑さがそのままになっていて、作為的な切断が見えない文章を私が許容できないのは、僕がそのような文章を書いてしまえば他のすべてのフードライターと同じになってしまう、という恐怖があるからだろう。扱う対象から自分が書くものの価値を得られないゆえに、それをきちんと整えることに執着してしまう(もちろん、普通のフードライターのように私の研究対象を書いてしまえば、研究対象それ自体の価値もよくわからなくなるだろう)。よく考えてみれば、この日記でさえ、簡単にであれ素材を丁寧に切り揃えて出す試みとも言える。
こういった怖れなく文章を書ける人が羨ましいとも思った。
だんだん生成AIの使いどころの感覚がわかるようになってきた。間を埋めるのは上手。嫌だった文章が一瞬で書けた。
私が依拠する理論的潮流の源泉の一つである著作が邦訳されたので読む。不思議なところは、解説でまとめられている主張が極めてクリアカットであるにもかかわらず、本文が難解すぎてどうやってその解説を引き出したのかさっぱりわからないこと。その理論的潮流の他の議論と比較しても妥当だと思われるし、本文の端々に解説につながる部分があるので、解説が間違っているとも思えない。しかし本文のほうがまったくわからなかった。
論理表現リストを使って文章を推敲した。論理表現リストとは、「同一視する」という項目に、「一致させる」、「対応させる」、「重ね合わせる」など、「AはBをもたらす」という項目には「ことになる」、「導かれる」、「帰結する」などが書かれている表であり、同じような表現の連続を避けたり、捻った文の展開を滑らかに進めたりするために作ったものである。生成AIはまだ、論理表現リストをこちらから渡してもうまく文章を推敲してくれない。こういう推敲にはいくらでも手間をかけてしまう。
嫌だった作業を片付けてうきうきだったので夕方の街をお散歩した。スーパーに食品のトレイを捨てに行き、トレファクを見に行った。
この夜はなかなか眠れなかった。そもそも眠りたくない、とちょっと感じていた。報復性夜更かしに似ている感じがするが、違うのは今日はたくさん働いて、一仕事終わらせた、と感じた日だったということ。報復性夜更かしと逆の状況。とはいえ、仕事が終わって高揚感があった、というわけでもない。自分に対して適切に仕事が終わった後の労いを行なっていない、という感覚かもしれない。
メルカリでいいなと思って眺めていて、けれど気分が落ち込んでいた時期だったので買いそびれてしまっていたシャツがあった。その後時々思い出してはメルカリを探していたのだった。それを一昨日ZOZO Usedで見つけた。安かったが、コンディションDだった。とりあえず買ってみた。
そのシャツが今日届いた。胸ポケットにうっすら染みがあった。見えるし隠せない位置だった。ZOZOのスタッフが染み抜きしても落ちなかったからこそ、安く出されていたのだろう。そう思いつつも、ひとまず懸命に染み抜きを試みた。そのまま夜ごはんを食べながら、暗い気持ちになっていた。まあ運試しだ、と思った。結局、漬け置き洗いから引き上げてみると、うまく染みが落ちていた。今年はこの遊びに挑戦しよう。
冬休みの間ずっと、生成AIに文章を読ませて遊んでいた。正確に言えば、ずっと遊んでしまっていた。研究者の役割を与えて批判的なコメントを書かせたり、校正の役割で校正させたり。校正にはけっこう使えるものの、内容の読解はかなりお粗末だ、と思いながらも、色々とプロンプトを試して、様々な角度から意見を求めてしまう。文章を読んで意見をくれる人に飢えているのだと思う。
母の友人が自殺で亡くなったらしい。数年前には友人が脳卒中で亡くなったと言っていた。母は死を少しずつ自分のものとして引き受けるような年代になりつつある。
冷蔵庫の中にカーロボネロがあり、白菜や大根を買う気になれなかったので、イタリア風というつもりで、餅、鶏肉、カーロボネロ、里芋のお雑煮。オリーブオイルやにんにくを入れず、鶏肉と里芋があったせいで、芋煮的なお雑煮でもあったのかもしれない。
帰省して、他の人が昼寝している間に領収書の入力。これで確定申告でやるべきことの大半が終わった。帰省の恒例になりつつある。
何を書けばよいかわからず、なかなか手がつけられなかった短文を書き始め、書き上げた。関係ありそうな情報を集めて、並び替えて、語りをなんとか作り上げることができた。来年最初の締め切りを片付けて一安心。
ボードゲームを囲む忘年会。頭を使う遊びは嫌いだと思った。普段から頭が疲れ切っている。言葉遊びみたいなゲームならよいけれど。
今年の振り返り、日記編。
今年はありとあらゆることを真剣に考えて、喜怒哀楽が激しかった。
振り返ると、ほとんどすべての文章について、怖さを感じながら書いていたようだった。恐怖の底に触れるような文章を書き続けていたのはよいことだ。
そして、そのような恐怖があっても書けるのは、それ以上に信じているものがあるためだろうと思った。そうだとすれば、ある意味僕はもう孤独ではないのだろう。
今年の振り返り、X編。私もXはそんなに使わなくなったし、私のフォローもそうだが、それでもたまにXを見たり書き込んだりすると嬉しかったり印象深かったりすることがある。そういうものが「いいね」に記録されているので、年末には「いいね」を見返すことにしている。
Xにおいて今年一番嬉しかったのは、樋口直哉さんがフォローしてくれたことを受けて「インターネットをやってきて一番嬉しかったのは樋口直哉さんにフォローされたことかもしれない。2010年代以降を生きてきた料理愛好者として、樋口さんから数え切れないほどのことを学んできた」と書いたら、「マジですか。藤田さんのテキスト、興味深く拝読しております、、、。」( naoya_foodlab 2025年8月18日)と書いてくれたこと。私は樋口さんの書いた文章を読み、こんなふうに料理を明晰に語りたいと思いながら研究してきたので、感慨があった。
一番動揺したのは、永田康祐さんが「来年度に食べ物じゃないテーマで新作を準備する予定で下調べを進めているんだけど、不案内な分野の勉強や調査をどうやるのだったか忘れてしまって途方に暮れています。いろんなことを自由に調べたり考えたりしたくて今の生活を選んだはずだったんだけどな。こんなはずでは。本末転倒ですわ。」( knagata_org 2025年11月30日)と書いていたこと。新しくものを調べたり考えたりすることほど大変なことはないのに、それに情熱を燃やすことができるのはすごいと思った。そしてそれを怠っている自分を恥じた。
仕事が納まってきたという気分がようやく感じられるようになったので、今年の反省を始めつつある。今年書いた文章のうち、だいたい1/3くらいは今振り返って結構意義があると思った。1/3くらいを自画自賛できるなら上出来だ。
来年度の授業に向けていろいろ書いた。ふと、先生の一人に言われたことを思い出した。ひとが普通の言葉をきちんと使って、物事がきちんとわかるようになってほしい、という私の願いは、一方で言葉を酷使すること、他方で言葉を厳密に統制することにつながるが、後者を主軸にすることはまさしく権威的な人文学者の仕草である、と。
最近私がやっているのはまさにそういうことだと思った。だけど私としては、私がやっている程度の型通りのことはできるようになった上で、そのやり方から離れて言葉をもっと自由に酷使できるような人間が見たいなと思う。
いや、それだけではないかもしれない。私が私自身の手で型に嵌めた言葉は、そもそも私や友人が自由に使ってしまった言葉をいずれも後追いで捕まえたものだから。私自身でも言葉に無茶をさせているし、親しい人々にもそのような言語の使用を促している。
牛肉の赤ワイン煮込みがうまく行かなかった。勘所を抑えて簡略化していたつもりが、全然勘所を抑えていなかったのだろう。長らくレシピ通りに料理を作っていない。レシピに学ぶ習慣を失くしてしまい、成長がない。
言語のねばっとした感じとかごろっとした感じをそのまま引き受けて編まれた文章を読むと、私は言語を道具として扱っていると思う。
シーフードレストランメヒコ守谷フラミンゴ館。フラミンゴがいるところでカニを食べる。多くの人々が当然かのように振る舞っているが、なんだか納得できない。世界に少しずつ参入していく子供はこんな気持ちでいろんな物事を見ているのだろうと思った。
今年中の文章の締め切りが終わったので今年の反省をしよう、と考えたものの、なんだか締めくくりする気になれなかった。1月半ばに嫌な締め切りがいくつかあるせいかもしれない。難儀な性格だ。
仮のゲラにする前の本の修正を終えた。最後の作業は、WorkflowyからGoogleドキュメントに文章を移して整えること。以前すでにWorkflowyからGoogleドキュメントに移した上で、そちらで表現などをいじってしまっていたが、編集者に大幅に書き換えるよう助言をもらったので、そのGoogleドキュメントからWorkflowyに文章を再度移していたのだった。というのも、小手先の修正はともかく、すでに書いたものをばさっと捨てたり、順番を入れ替えたり、新たに書き加えたり、といった本格的な執筆は私にはWorkflowyでないとできないため。そのようにして書き直した文章をGoogleドキュメントに戻すには、消えてしまった注を復元して本文に入れたり、参照文献の書式(英語文献の斜体など)を整えたり、といった作業が必要となる。
ほとんど徒労だったと思う一方で、文章をちゃんと書き直すにはこうするしかなかった。
火曜日に行ったsetoの料理について、昨日の夜と今日の午前で日記を書き終えた。考えるべきことが多いと感じて、なかなか手がつけられなかったのだった。今回はちゃんと分析しきれなかったのでもう一度行きたい。
最近考えていたのだが、やはり「ライフヒストリー」なるものに興味を持てない。人生の話には興味がない。非ライフヒストリー的なものについて考えるために必要なかぎりでライフヒストリーが面白いこともある、と考えているようだ。
時系列的な語りに懐疑的なのも似ている。時系列的な語りは人間の理解の仕組みのためにある程度必要なものだが、時系列的な語りは非時系列的なもののためにあると思っている。
企業の人から「とりあえず話してみましょう」的に呼ばれることがある。けっこう不思議なのが、そういう機会に自分のことを長々と話してくれる相手方が多いこと。僕がベンダーで相手がクライアントであるような顔合わせならば、クライアントの話をよく聞くことは当然だと思うけど、なぜわざわざ私を呼んだ上で、私の研究について尋ねたりせずに自分の話をするのだろう。私には自分の知識を商売にする特別な動機はないので、結局その人の話を「へー」と思いながら聞くだけになってしまう(と言いつつ、サービス心から、その人たちの商売に関係づけるような提案をしてみることもあるのだけど)。
仕事をする気が起きなかったので、調布飛行場のカフェに行った。大学から歩いて30分。大きな公園を突っ切って、飛行場の外周を半周する。平日の昼間の公園にはばらばらと人がいる。冬の青空と黄色に輝く原っぱ。けっこう頻繁に飛行機が飛び立っている。釣り竿を持った人が空港のロビーに入って行った。定期便は伊豆諸島に向かうらしい。いろんな人生がある。カフェは食堂とフードコートとカフェの中間みたいな感じで、空港職員のような人と近所の住人のような人がいた。仕事するのでもぐったりしているのでもない時間は久々だった。
夕方、駒場の食堂で時間を潰していると、学生がその友人に向かって、いかに恋愛が幻想に過ぎず、不毛であるかを力説していた。駒場だ。
今日は全然ごはんの味がしない日だった。
コンビニでお昼ごはんを食べる機会が発生した。小雨が降っていて寒かったので、エビ風味のカップラーメンを買ってみた。スープをこぼさないようにカップラーメンを運ぶ経験をした。
授業で自分の論文をかいつまんで紹介した。話しながら、なんて危うい論拠の上に成り立っている主張なんだと思った。そして、人間はこの程度のこともちゃんと考えられないのか、と落ち込んだ。
午前に京都に行って、夜に京都から帰ってきた。疲れ果てた。家に帰って食べた白米がなぜかとても美味しく感じられた。香りのよい穀物だ、と思った。
すでに書き上がった文章を書き直していると、どうやら議論が破綻していることに気づいた。話の前後を入れ替えたり、話の繋ぎ方を変えたりしても、うまく行かない。すでに人前で発表したことのある部分で、その際はこの箇所にかんする指摘がなかったから、さして問題ではないのかもしれない、とも思う。しかし、なかなか諦めることができない。午後の最初に気づいて、夜ごはんを食べている間もずっと考えていた。寝る前になって、やっと、不要な議論が長々と書かれていること、重要な部分が欠けていることが認められた。
夕方の段階で、文章の構成から作り直したほうがよいということには薄々気づいていた。しかし、それがうまく行かない可能性を考えると怖くて、きちんと頭を使うのが面倒で、仕事が後ろ倒しになるのが嫌で、その作業を避けていたのだった。覚悟を決めるには長い時間が必要なのだ、と言ってよいのかもしれないが、本当は大幅な書き直しを即断できるようになりたい。
曖昧な内容が書かれている本を読んだ。その後読み始めた本は、難解だが明確な内容が書かれた本を曖昧にしか理解できていないと感じた。何もわからない。何の意味もない時間を使ってしまったと感じた。読んだ本を面白く感じられないと世界にうんざりする。
しかし、それらを混同するべきではないのだろう。適切に取り組めば理解できる本がわからないという事態は尊厳に関わる。
難解な本に適切に取り組めていないのは、丁寧に読むだけの時間と気力をきちんと用意していないからだと思った。対処したほうがいい。
この数日走り回っていたのでお休みの日&家で作業の日。家にほとんど食材がないので、昼ごはんは菱田屋酒場に行こうと思ったが、作業に夢中で気づいたら閉店の時間が迫っていた。何を食べたいのかよくわからなくなったが、今日はひとまずビリヤニを食べに行くか、と思って外に出たところで、近くのパン屋、ケノヒノパンのサンドイッチを買おうと思い立つ。しかし売り切れだった。がっかり。ビリヤニを食べに行く気もしなくなって、どうしようか迷い、立ち尽くす。家に帰り、冷凍してあるトマトソースでトマトパスタを作った。
こうやって判断に長々と迷うことがこの日はもう一回起こった。疲れているのかもしれない。
どうでもよくなかったことがちょっとどうでもよくなる。
老松の梅酒羹を買う。老松のお菓子は、説明書きの日本語が美しい。
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御神梅「梅酒羹」の由緒
北野神社の梅林は京の春にさきがけて一般に公開されます。四十数種壱千本の紅白梅、一重八重、大輪小輪、それぞれ趣をかえ香気馥郁、天満宮の境内一杯に香ります。剪定、消毒除草、実取り、四季を通じてすべて神官の手塩によるものです。
御神梅「梅酒羹」は、この北野梅林の梅実を神前に供へ、当店へ下賜されたものを一年有日漬け込みまして仕上げました。まったくの自家製の梅酒菓です。神梅の効果何卒御顔の程お願い申し上げる次第でございます。
冷やしてお召し上り頂ければ一層美味かと存じます。
主人敬白
有職菓子御所 老松
組み写真をめぐる議論の一部。
アートは視覚的な部分を組み上げた上で、同時に、視覚的な全体を狙う。人類学者による組み写真は部分を視覚的に結びつけることを試みた上で、それを視覚的な全体として有意になるように畳み直すものではない。組み写真では、視覚的なもののネットワークを言語的なネットワークに置き換えて、それに対応する言語的なフレームを取り出そうとする。
仕事とは別に作品を作ったり小商を始めたりしている友人。眩しかった。
翻って、自分は何をしているのだろうと思った。仮にいまは時間がないだけだとしても、時間ができたとき、自分に友人のように作りたいと思えるものはあるのだろうか。
数日後に気づいたのは、私はすでに書くことで作っているということだった。特に私は、Workflowyを使って本当に部品を組み立てるように書いているわけで。
とはいえ、私が書くことでやっているのは、「作る」的な書くことというよりも、何かを複製可能にするための書くことだろうと感じている。よいレストランの評価すべき点を明確にしてそれを広める、民族誌の書き方を体系化する、など。書かれた文章それ自体を超えたものを狙っているようだ。
週末に行うワークショップのイントロダクションのための資料は、以前何回か使ってきた資料を作り直して使おうと思っていた。
だが改めて見直してみると、違和感を覚える箇所がある。とはいえ、これまでもこの資料を何回も使ってきて、そのときこの部分に突っ込みが入ったことはなかったから、特に修正しなくても飲み込んでもらえるのだろうと思った。
しかし。今直さないと、「違和感を直さないでワークショップをやってしまった」というやましさを感じることになる。ワークショップが過ぎてしまえば、修正する動機は失われてしまうはずだけど、違和感を抱いたという事実は消せないので、気がかりが残ったまま日々を過ごすのだろう。それは嫌だった。
結局、ほぼ終日その修正に時間を費やすことになった。心理的な抵抗を跳ね除けただけでも素晴らしいのに、そのワークショップの方法について新たな知見を得ることができた。
日記を書く理由
「うつ病者は大事なものを徹底的に手入れして自分そのもののように愛す。それは触れられるものだけでなく仕事や家でもある。私たちは仕事にシンクロし、一体化し、自分を世話するかのように隅々まで手をかけて仕事を作り込んでいく。しかし、仕事に同一化して環境へ配慮しすぎている私たちの本体は剥き出しで痩せ細り、脆弱な核を露出している。環境の大きな変化は、懸命に作り上げて肥え太らせて手入れしてきた自己の分身、本体よりも本体のつもりになっていた分身を剥奪してしまう。そこで露呈する弱く小さく貧しい自己がうつ病の主体である。私たちはそこでせめてもの罪悪感で責任ある主体であることを保つ。それこそが抑うつである。
抑うつがギリギリで補償しているのが原初の喪失、そもそも私たちは特別な対象と完璧な一体化などできないということである。私たちはその悲劇を受け入れて小さな自己のまませめてもの代替物を愛でて傷を塞がなければならなかったのに、あろうことか大きなものに一体化することで傷から目を背けてきた。ただ私自身そんな私たちを責めきれない。私たちは自己の傷を保護するものを、言葉を、愛を——あくまで幻想の水準で——もらい損ね、自分のものにし損ね、誰かの言葉に、愛に、飲み込まれてしまった。だから人から認められることでしか価値を確かめられない。だからちょっとしたことで存在そのものが揺さぶられる。」
連載:臨床と文学 第1回 さみしさ(精神科医:増茂悠人)#臨床と文学
依頼された文章を一通り書き終わった。
それにしてもつまらない文章が書き上がってしまった。読者にとってどうであるのかわからないが、筆者としては読んで面白くない。ただし、今回依頼された文章は、そもそも文章の位置づけが面白くなりようがないものなので仕方ないのかもしれないが。
それでも、自分が書いたものがつまらないと自分で思うのは落ち込む。
いつもであれば、文章を書き終わった時、疲れの中にも書き終わった高揚感を感じることができるのだけれど、今回はただ疲れを感じてぐったりするばかり。普段は自分でよいものを書けたと思う高揚感が疲れを帳消しにしてくれていたのだろう。
菱田屋酒場で昼ごはん。鳥カツのタルタルソース添えを頼んだ。
おいしい唐揚げはよく「柔らかい」とか「ジューシー」とか言われるが、そういう感じの肉汁が出てきて弾力がある、というよりも「ふわふわ」という感じ。そしてカツなので、トンカツ的なパン粉の衣がついており、サクサク。サクサクの中に信じられないふわふわが詰まっている食べ物。カツであるにもかかわらず、もはや上品だと感じた。食べるのがそれほど好きではない私にしては珍しいことに、食べる喜びを感じた。
店を出る時、店主に感想を伝えたら、胸肉の中でも、手の付け根に近いところ、一番よく動かす部位を使っているから柔らかいのだ、と言われた。希少部位なんだよ、と。いやそういう問題ではない、料理がお上手なのだ、と思った。だけど、希少部位なんだよ、と自信を持って言われたので、言い返せなかった。
以前は自分が誰かに褒められたい、認められたいのだと思っていた。
その後、多少なりとも書いたものを人に読まれる機会を持つようになったにもかかわらず、不快な感情は残り続けていた。私が欲しかったのは認められることや褒められることではないと気づいた。そうだとすれば、この居心地の悪さは生活の安定に関わる不安なのだと思った。
しかし、偶然にも生活の不安が減ることになっても、やはり落ち着かなさは消えてくれない。なので、書いて検証する。